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卒園しました

セン次、卒園しました。

卒園式の2日前、
この1年間通った別の小学校の通級指導教室へ行ったのですが、
先生に「卒園式のお返事ドキドキする?」と聞かれて
「うん」と答えるセン次。(ここではお喋りできます)
「もしどうしてもドキドキして声が出ない!ってなったら、
手ぇあげるだけでもいいんよ。
M先生(担任)、ちゃんとわかってくれはるから大丈夫。」
と言われていたセン次。
卒園証書授与で名前を呼ばれた時は、
出欠確認と違って「手をあげない」が約束ごと。
セン次も練習中、それを守って返事をしてきました。

で、本番。
もう園児入場の時のセン次の顔が・・・
激しい瞬きで、今にも泣きだしそうな顔。
こわばるセン次は何度も見たことありますが、
こんなのは初めて見ました。
いよいよセン次の名前が呼ばれてお返事の時。
私の位置からはセン次の顔は見えません。
ちょっとの間があって、
園長先生が覗き込むようにセン次の顔を見ると、
手があがりました。
そして園長先生が
嬉しそうににっこり笑うのが見えました。
まあ仕方ない。
あんな顔するくらい緊張しちゃってたし、
手をあげられただけで充分。
きっと園長先生もそう思われたんだろう・・・
と思ってたんですよね。
で、それが終わるととりあえず瞬きが正常に戻って、
無事に卒園式が終わりました。

保育室に預けていたケンゾーを迎えに行こうと廊下へ出ると
(年中さんのお母さんが式の間、下の子たちをお世話してくれます)
園長先生に呼び止められました。
昨日の練習でね、センちゃんお返事の声出なかったんですよ、
入場してきた時の顔見てね、
今日は出なくても仕方がないって思ったんです、って。
「すごい顔してましたもんね。手をあげられただけでもよかったです」
って私言ったんです。
そしたら園長先生、
お母さん!センちゃん「はい」って言いましたよ!
私のところにはちゃんと届いてましたよ!
今日はもうしょうがないって思ってたのに、ああ言えた!って思って・・・
と泣きながら話してくださいました。
後姿を見る形だった私のところには
届かないくらいの声だったってことなのか、
手があがったのを見て聞き取ることに集中しなかったのか、
なんと聞き逃したんです、私・・・。

その後、副園長先生にも呼び止められ、
「昨日は緊張したのか出なかったんですよ。
今日は今まででいちばん大きい声やった!
センちゃんかっこよかった~」って言ってくださって・・・
本当に今まででいちばん大きな声だったかどうかはともかく、
やっぱりちゃんと返事ができていたようです。

セン次いわく、「練習も本番も全部ちゃんとできた」だそうで。
本番1日前も本人にとっては言えていたんですね。
先生たちの耳には届かないくらいの声だったってことだと思います。
私は聞いてやれなかったんですが、
セン次自身が満足しているのでよかったと思います。
そして、本番で手をあげたってことは
「出ないかも」という不安の表れだったはずなので、
本当によく頑張ったのだと思います。

卒園式後、園児も保護者もそれぞれ写真を撮ったり、
最後に園庭で思いっきり遊んだりしていました。
長男のマル太の時は、お友達とたくさん写真を撮って、
最後の数人になるまで園庭で遊びました。
セン次はというと、すぐに帰りたがりました。
担任の先生やいつも助けてくださった補助の先生方と写真を撮ったり、
ご挨拶したりしたかったんですが、セン次は全くそんな感じではなく・・・
やっぱりマル太とセン次の幼稚園生活は
全然違うものだったんだなと改めて感じて、
比べても仕方ないのにちょっとブルーな気持ちになりましたが、
とにかく卒園できました。
とりあえず3週間の春休みです。


マル太の時、卒園式から帰ると頭痛で寝込んだ私。
確か夜には復活できたんですが。
で、今回のセン次の卒園式から帰った後も同じ。
「夜はガストでごはんが食べたい」という
セン次のリクエストに応えられないかもと思いましたが、
夕方復活。
なんなんでしょう、これ(笑)
ホッとしたせいなのか、ただの泣きすぎなのか(笑)



注(?)
「青春回顧録」はまだ終わってません!!




セン次、まもなく卒園

『コッケモーモー!』
『おいしいおと』
『ぼくはあるいた まっすぐまっすぐ』
『そらまめくんの ぼくのいちにち』
『ブタヤマさんたらブタヤマさん』
『はずかしがりやのれんこんくん』
『るるるるる』
『かあちゃんかいじゅう』
『ブーのみるゆめ』
『ぎょうれつのできるパンやさん』
『うちにかえったガラゴ』
『うどんのうーやん』
『こんにちは たまごにいちゃん』
『まめうしとつぶた』
『まめうしとまめばあ』
『10ぴきのかえるのふゆごもり』
『へんしんトンネル』
『つちのなかの もぐらでんしゃ』
『おばけやしきへ ようこそ!』
『バムとケロの そらのたび』
『かばんうりのガラゴ』
『じごくのそうべえ』
『ハリーのセーター』
『これは のみのぴこ』
『おこだでませんように』
『バムとケロの もりのこや』
『ソメコとオニ』

年長の1年間で、
次男のセン次が幼稚園から借りてきた絵本です。
途中、借りる絵本を選ぶのに
1時間近くかかったこともあるセン次。
みんなが選び終わって園庭で遊ぶ間も
ずっと選ぶことができないことが続いたようです。
そんな時は先生が1人、
とことんセン次につきあってくださったようで。
先生いわく、
「センちゃんは薦めても、じゃあそれにするわとはならへん子」
だそうで、先生方は少し離れたところから独り言のように
いろんな絵本を音読してくださったそうです。
興味を持つと先生の隣に来て聞くそうで、
読み終えて「これにする?」と聞くと頷いてようやく決まる、
そんな時期があったようです。
最近は自分で時間内に選べるようになりましたが、
選べなかった理由が何なのかはわからないままです。

昨年11月、
4月から通う小学校の校長先生のところへ出向き、
セン次のことを相談してきました。
そして支援学級にも
セン次の席を置いていただくことに決めました。

年中の秋までは
たくさん喋らなくても、最初の発音がうまくいかなくても
それなりに言葉が出ていたセン次。
最近言葉が急激に少なくなった、笑わなくなった、
と先生が教えてくださった矢先、登園を渋るようになりました。
そして、幼稚園では全く言葉が出なくなり、
制服を拒否したり、保育室で友達とお弁当を食べるのを嫌がって、
職員室で園長先生と2人で食べたり、欠席・遅刻・早退が続き・・・
いろいろありましたが、年長になってからは
言葉は出なくても笑顔が出るようになり、
セン次なりに幼稚園を楽しめるようになりました。
絵本選びのことや地域交流のイベントなどを嫌がって
早退したりなどは少しありましたが。
「セン次は喋らない」というのが浸透した周りのお友達も、
返事が欲しい時には指差しや首振りで答えられるように
質問を工夫してくれたり、
おにごっこなどで微妙な場所にセン次がいると、
「セン次、それ入ってるんか?」と聞いてくれて、
セン次が頷けば「セン次も入ってるぞー」と皆に知らせてくれたり、
助けてくれる場面がたくさん見られたと先生が教えてくださいました。
みんな優しいですね、私が言うと、
先生は「それはセンちゃんの力でもありますよ」と。
「センちゃんに味があるからですよ」と。
だからみんな放っておかずに構うんだと。
味があるというのは、
正当な評価はできないけどなんかいい、
ということだと思うのですが。
その言葉は先生が本当にセン次をかわいがって
気にかけてくださった表れのような気がして、
最高の誉め言葉と受け取りました。

セン次、今週卒園します。
卒園式の卒園証書授与の練習では
名前を呼ばれるとなぜか「はい」と答えられるそうです。
朝の出欠のお返事は手を挙げるしかできなくて、
たまに声が出てもささやくような声らしいですが。
その「はい」を聞いてすでに涙ぐむ先生もおられたようで、
そんなの当日の私はどうなるの?という感じです(笑)







青春回顧録21

3学期。
行事だらけ、用事だらけ。
洗濯物も洗い物も部屋のほこりも溜まっていく。
家事が滞るというのは主婦の心を乱すもので・・・

さて。
『Sunny』から1年数カ月後、
晴茂くんの離脱が発表される直前の2016年1月、
シングルがリリースされました。
私はYouTubeのMVでその曲を聴きました。
あれ?全然『Sunny』じゃなくなってる。
昔のファンに向けてでもないし、
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」でもない。
でもまあ、再結成から8年。
解散していた8年と同じだけ月日が流れたわけだし、
そうなって当たり前?なのかな?
それにしても『Sunny』は日常的な詞だったのに対して、
ずいぶんフワフワした印象。
見たこともないこんな街で知らない誰かを探してる・・・

初めて聴いた時は、
そんなに好きだとも思わなかったというか、
なんだか面食らってしまった曲だったのですが
気づけば何度再生したかわからない。
イントロが流れる度に
ケンゾーに「またぁ?」と言われるようになりました。
この曲のカップリングを聴いてみたい、
確かにそう思ってオンラインショップまで行ったのに、
結局買わなかった。
私はまだ鈍ってたんですね。

晴茂くんのことを知っても私はまだ鈍ってた。
いろんなことがあって、いろんな人がいる。
そう思えばいろんなことを受け入れられる。
大人になってしまってたんだなと今わかります。

『苺畑でつかまえて』
ドラムは晴茂くん。
曽我部さん、秋にできた曲って言ってたけど、
夏の終わりにはライブに出なくなっていたので、
この頃はもうかなり調子が悪かったんだろうと思う。



サニーデイは『Sunny』の後、
そのままの良い雰囲気で
次のアルバム制作に取り掛かったそうです。
そしてほとんど完成していたそうですが、
「こんなの前にもあったな」となり、
一度白紙に戻すことになったとか。
そこから苦しいアルバム作りが始まったようです。

自転車操業の個人レーベルなのに、
マメにあったソロもソカバンもリリースなし。
ソカバンはライブ活動もしなくなっていて
(ダブルオーテレサが再結成したこともあると思いますが。
メンバーのうち、2人はダブルオーテレサなので)、
いつの間にか曽我部さんはサニーデイに拘るようになってた。
懐かしいね、楽しいね、じゃなくなっていったんだと思う。
そしてリリースがないからレーベルの経営も危うくなっていき、
サニーデイのレコーディングは何十曲やっても
完成が見えてこない状況で制作費もなくなり、
そして何より一人脱落者が出てしまう。
サニーデイはいつも生々しい。
解散前のエピソードもそうだけど。
苺畑聴いた時には
もちろんそんなことは何も知らなかったんですが。
私だけじゃなくて、誰も知りようがない話です。






青春回顧録20

最近、気になるというか憧れるというか、
いいな~と思うのは、
あんまり興味もないし共感もできないけど、
なんか最後まで見ちゃった、読んじゃった、聞いちゃった、
ということ。

ウチの子供たちがユーチューバーにはまってまして。
最近の子供たちの「将来の夢」の
上位には決して来ないけど、
10位あたりには食い込んでくるユーチューバー。
ウチの子たちもよく見てますし、
お母さんも一緒に見て!となることも多いのですが。
ある玩具紹介を専門にしている方がいらっしゃるんですが、
全然私の興味のある分野じゃないのに
ついつい最後まで見ちゃうんですよね。
顔は出さなくて、画面に出るのは
玩具といつもきれいに爪を切りそろえた手だけなんですが。
抑揚のある特徴的な話し方で
とにかく玩具の紹介と感想を述べてるだけなんですが、
なんか面白い。
全然知らないキャラクターのフィギュアの塗装がどうだとか
フォルムがどうだとか躍動感がどうだとか言われても
よくわからないんですが、なんか見てしまう。
ガチャガチャの中身に一喜一憂する様子見ても、
何がアタリで何がハズレなのかもわからないんですけどね、
なんか見てしまう。
こう言ってはなんですが、他の方の玩具紹介の動画を見ると
彼の面白さにより気づいてしまいます。
で、先日子供たちがテンに
「お父さんいちばん好きなユーチューバー誰?」という質問を。
テンがその玩具紹介の彼を即答していて、
「お母さんも!」と思わず言いました。
夫婦ともに玩具に興味ないのになー。

サニーデイの田中さんはラーメン評論家でもいらっしゃるんですが、
私はラーメンの奥深さはわからないし、
そんなにラーメン店に行ったことありません。
でも田中さんのお話、面白いんですよね。
名前が出てくるお店も1件たりとも行ったことなくて、
自分にとって勉強になってるとも思えないんですけど、
めっちゃ集中して聴いてしまう、読んでしまう。
トークショー、たくさん人が集まるのわかるなぁって感じで。
そして、この方がサニーデイのベースを担当していることに
納得したり。
それこそこんな人が隣のクラスにいたら、
あの人何なんやろって気になってしまうわ、きっと。
サニーデイの時はほとんど喋らない方なんですけどね。

玩具紹介の彼も田中さんも、きっと表現が独特だったり、
語彙が豊富だったり、そもそも感性が鋭かったりするのでしょうが、
(そしてちょっとヘンな人だったりするのでしょうが)
何より「本当に好き」が根底にあって、
そこに惹きつけられるのかなぁと思ったりします。
ここで私の話をするのはおこがましいんですが、
この青春回顧録も、そんなバンド知らないし興味もないし、
何言ってるのかわからなくて共感もできない、
でもなんか全部読んじゃった、っていうそんなのだったらいいなぁと。
ちょっとでもそういう感じになれたらいいなぁと憧れているわけです。
まあ私のは紹介じゃなくてただの回顧録なんで
そもそも別物なんですけど。

長い前置きになりましたが、さて本題。
たとえば、野球でもテニスでも剣道でも将棋でも何でもいいんですが、
学生時代に部活に本気で取り組んだ仲間がいる方多いと思います。
私がいちばん部活に励んだのは高校生の時です。
別に部活じゃなくてもいいんですけど。
そういう昔一緒に同じことを一生懸命やった仲間と
長く別々の生活をして、久しぶりにちょっと会って話したり
ちょっとプレイしてみたりするのって、なんか特別ですよね。
昔に戻ったみたいな気持ちになって、
懐かしいね、楽しいね、変わったね、変わってないねって。
昔一緒に喜んだり苦しんだり我慢したりした仲間としか
味わえないものってあると思います。
そしてそういうのは、
当時と同じ仲間で
当時と同じように時間を費やして
当時と同じようにエネルギーも費やして
当時と同じように苦しんで悩んでっていうのとは
わけが違うと思います。

『Sunny』は「ふたたび出逢えた喜びを胸に」なアルバムでしたが、
サニーデイしか活動していない晴茂くん、
サニーデイが自分のメインだという田中さん、
(たぶん仕事量ではなく、気持ちの話だと思いますが)
その2人と違って、
曽我部さんはサニーデイはあくまで表現のひとつって感じでした。
実際、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだったと思います。
解散前、サニーデイしか表現する場がなかったことが
曽我部さんが苦しい原因のひとつだったと思うし、
それぐらいでちょうどいいのかも、
とか大人になった私は思ってました。
時々会って、懐かしいね、楽しいねって。
聴く側の私も懐かしいね、楽しいねって。

『Sunny』の頃、サニーデイはサポートメンバーを入れずに、
3人だけでライブをすることが多くなりました。
お客さんからすれば、すげーヘタだなってだけかもしれないけど、
今3人で音を出したいって。
装飾を剥いで、曲の核になる部分だけを演奏したいって。
昔と違って、音を間違えることに神経質にならずに
とにかく3人で音を出すことに大きな意味があるって感じでした。
渋谷公会堂でも3人だけのライブをやったりとか。
そしていつのまにか、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだった
その比重が変わっていったように思います。

3人だけのライブの動画をいくつか見ていて、
この『今日を生きよう』を
私も学生の頃、この曲ライブで聴いたなぁとか思いながら
観てたんですが。
思わぬ展開になって、夜中にひとり声をころして笑うことに。
口笛からギターの間奏の後、
「いちばん奥の部屋で~」って歌が始まるはずが、
曽我部さん歌わない。
2人があれ?どうしようってなってるんですが、
次のタイミングで歌いだすのかと思ったら、
曽我部さん、まさかのジャーンって終わっちゃう。
もう歌い切ったつもりだったようで。
それに合わせて咄嗟にちゃんと終わらせる2人はさすがですが、
とにかく可笑しくて。
まあ私はこの曲をよく知ってるし、
サニーデイをよく知ってるから可笑しいんでしょうけど。
それはさておき、この時の晴茂くん、
元気そうに見えるのですが
この2カ月後にはライブを欠席するようになり、
半年後に期間未定で離脱が発表されました。




『今日を生きよう』といえば、うどん。
サニーデイのことを
「ああ、うどんの人たちね」と言ってたのは誰だったかな?
見たのか、聞いたのか、読んだのかも思い出せないけど。
今は田中さんはラーメンの人ですけどね。
私、ケンゾーを妊娠してつわりの嵐の中にいた頃、
おいしい讃岐うどんが食べたくて仕方なかったんですよね。
その時はできれば冷たくてすっぱいのがよかったんですが。
すだちおろしうどんとか。
妊娠中の食べたいって「食べたいなぁ」とかじゃなくって、
飢えた獣みたいにもう本当に食べたいんですよね。
毛布にくるまって、うどんで頭がいっぱい。
このMVも思い出したりしながら。
曽我部さんは香川県の方です。

『今日を生きよう』(1998年)





青春回顧録19

我が家のある市、インフルエンザが流行ってて
学級閉鎖があちこちで出てるそうなんですが、
マル太の小学校、セン次の幼稚園、
どちらも全くの無事です。
ただの乗り遅れで後から来ませんように。
セン次、あと1カ月ですし。

さて、続き。
大学生の頃に一緒にサニーデイのライブへ行った
Nちゃんもそうでしたが、
サニーデイの音楽を「癒される」と言う人がいます。
大学のYくんの友達の女の子も
「りるび。ちゃんってサニーデイ好きなんやろ?癒されるもんね」
と言ってました。
2ndの『東京』に確かにそういう感じがあるのかもしれないけど、
私はその感覚がわかりませんでした。
ドキドキはしたけど、「癒された」ことなんてなかったので。
当時は「癒し系」とかいう言葉が流行ったりして、
「癒し」という意味が多様化してた面もあるし、
それでそういうことを言う人たちがいたのかもしれないけど。
そして私はその流行が好きではなかった、
ということもあるかもしれないけど。
もちろん人によって感じ方は違うし、
感想に正解なんてないから
「人は人、私は私」でいいんですけど。
ただ、2014年に4年ぶりにリリースされた
9thアルバムについてはそれに近い感じがありました。
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」全開?
なんせ楽しそうで、安産だったのではと推測できるアルバム。
詞も日常の中にあるものを切り取ったみたいで、
少し曽我部さんのソロに近いのかなという印象でした。
ちなみに2014年、私はすでに3児の母でした。


9thアルバム『Sunny』(2014年10月、11曲)

晴茂くんの呼びかけでスタートしたアルバムだそう。
(でもその数カ月前にはもう辞めると連絡があったそうなので、
本当に不安定なんだなと思ったりします)
サニーデイのジャケットなのに曽我部さんが微笑んでる。
夏っぽいジャケットで、中身も夏の曲が多いんですが10月。
夏に作って秋に出ちゃう。
これもインディーズならではですよね、たぶん。
ネットで9thアルバムの発売を知ったのですが、
その時に久しぶりに見た3人の写真を見て、びっくり。
晴茂くんの髪が肩まである。
曽我部さんは長かったり短かったり
いろいろ変わるから何も思わないんですけどね。
伸ばしたのかな?伸びちゃったのかな?と
余計な心配をしてしまいました。

曽我部さんいわく、「いかんせん地味」なアルバム。
ラジオで流れたら、今の何だったの?
っていう感じだそうですが、わかる(笑)
個人的には最後3曲が大好き。
特に『夏のような人』って3分もない短い曲があるんですが、
まぶしい曲で本当に本当に大好き。

曽我部さんのインタビューの中の言葉で印象に残ったのが、
「とにかく2人に委ねたい」。
自分が作った曲を聴いて自然にできたものがいい、
だったかな?
(サニーデイはいわゆるプリプロダクションを行わないバンドらしく、
アレンジ練って練習してレコーディングに臨むのではなく、
スタジオで初めて曽我部さんの歌を聴いて、
まずやってみるというスタイルだそうです。
いっぱいやっても結局最初がいちばんよかったりするので、
プリプロは無駄なんだとか)
とにかくこの頃の曽我部さんは「サニーデイ最高!」だった。
2人が自分の作る曲とサニーデイを大好きだということに
疑う余地はない、田中と晴茂くんは素晴らしいって言ってて、
2人に気持ち悪がられるくらい
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」だった。
でもほんと、3人で演奏することが嬉しいというのが
伝わってくるアルバムだと思う。
曽我部さん、この時は
昔のヒリヒリしたものは永遠に欠落したままでいい、
これからは3人で寛げる音楽をやっていくんだって
言ってたんですよね。

このアルバムを聴いた人たちの感想を
最近になって読んだのですが・・・
こんなサニーデイ聴きたくなかった、
ノスタルジーはもういらない、
早く2000年の続きを見せてくれ、
そんな感想を目にしました。
2014年当時の私がこれを読んでいたなら、
これが40代になったサニーデイでいいやん!
聴く側のこっちだって同じ年数歳とってるんやし!
って思ったと思う。
今もその気持ちはあるし、『Sunny』が大好き。
もう『Sunny』みたいなアルバムは今後ないと思うし。
でも、そういう感想を持った人たちの
サニーデイ愛に感嘆もしてしまう。
そういう人たちはサニーデイを「思い出」になんて
してしまわなかった人たちなんだなというのが分かるから。

『夏は行ってしまった』(『Sunny』から)
これは2012年に12年ぶりにリリースされたシングル。
といっても、ライブ会場とレーベルのオンラインショップ限定で、
一般の店頭には並んでませんが。
『魔法』の次にこんなシングルが出るなんて、
2000年の私に教えてあげたい。
ほんと、いかんせん地味(笑)
好きだけど。
新規のリスナー獲得は目的じゃないな~。
このMV、解散前の映像だけで出来てます。


『愛し合い 感じ合い 眠り合う』(『Sunny』から)
これは最初のテイクが採用された曲。
たくさん録ったそうですが、
結局うろ覚えでどたどたどしい1発目をOKにしたそうです。
小慣れたテイクにはない何かがあるって。
愛のある演奏だなぁと思う。



長くなってますが、もうひとつおまけ。
このアルバムに『アビーロードごっこ』という
シングルが入っているのですが、
この曲が桑田佳祐が選ぶ2014年シングル20(だったかな?)の
11位にランクインしたそうです。
すげーよ、レニー・クラヴィッツと大瀧詠一合わせたみたい、
(私はユーミンぽいと思ったけど)
不思議な代理コード使ってるけどかっこいい、大好き、
と評価されていました。
(ちょっと逸れますが、音楽を本当に愛してる人は
ちゃんと歌謡曲も聴いて評価するからすごいな~と思います。
偏見なんてなし。いいものはいい。ジャンルなんて関係なし。)
で、そんな『アビーロードごっこ』は
田中さんのベースの存在感がすごい名曲なのですが、
シングルなのに(これも店頭には並ばなかったけど)、
しかもあの桑田さんに選ばれたっていうのに、
MVなるものが存在しないのか
YouTube検索しても何も出てこない。
もっとプロモーションすればいいのに。
とか言いながら、
そんなこと思ってないんですけどね。



プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。何かと器用で飄々とした小学4年生。
次男(セン次):7歳。小学1年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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