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パニック障害の記録16

パニック障害15の続きです。

アルバイト先の近所の神経科に通っても
症状はひどくなるばかりだった頃。
母の提案で病院を変えることにしました。
時期は24歳になって間もなく、
2月頃だったと思います。
この頃は日常生活をまともに送れていませんでした。
一人で出勤できない、コンビニにも行けない、
お風呂に一人で入れない、家ではベッドの中。
発作も1日に何度も起こしていました。
9時~17時まで勤務していたことが不思議です。


アルバイトはお休みをいただき、
母に付き添ってもらって大阪市の総合病院の神経科に
向かいました。

まず、自宅の最寄り駅のホームで発作。
母に腕をさすってもらい、発作が治まってからも
電車が来るたびに乗ろうと立ち上がるのですが、
足が進まず、何本か見送ってようやく乗車。
乗り換え駅に到着しましたが、
また電車に乗るのは到底無理な状態。
タクシーで病院まで向かいました。

この病院の神経科はとても混んでいました。
予約制のため、初診の私は予約の患者さんの診察が終わるまで
待合室で待たなければいけませんでした。
病院に着いてホッとしていたのですが、
長い待ち時間の間にまた発作。
母の膝を借りて横になり、ふるえながら順番を待ちました。
その様子を受付の方が先生に伝えてくださったようで、
動けるようになり次第、診察していただけることになりました。
予約の方には申し訳なかったですが、とてもありがたかったです。

発作が治まってから診察室へ。
見るからに穏やかそうな男の先生がいらっしゃいました。


ちょっと短いですが、今日はここまでにします。




※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
 ご覧ください。






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パニック障害15の続きです。アルバイト先の近所の神経科に通っても症状はひどくなるばかりだった頃。母の提案で病院を変えることにしました。時期は24歳になって間もなく、2月頃だ...
プロフィール

りるび。

Author:りるび。
男の子3人の母。パニック障害発症から20年。11年間の断薬を経て、新たにパニック障害と向き合う。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。
長男(マル太):何かと器用で飄々とした高校1年生。
次男(セン次):中学1年生。支援学級在籍。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):小学4年生。おませで口達者で甘えん坊。

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