青春回顧録20

最近、気になるというか憧れるというか、
いいな~と思うのは、
あんまり興味もないし共感もできないけど、
なんか最後まで見ちゃった、読んじゃった、聞いちゃった、
ということ。

ウチの子供たちがユーチューバーにはまってまして。
最近の子供たちの「将来の夢」の
上位には決して来ないけど、
10位あたりには食い込んでくるユーチューバー。
ウチの子たちもよく見てますし、
お母さんも一緒に見て!となることも多いのですが。
ある玩具紹介を専門にしている方がいらっしゃるんですが、
全然私の興味のある分野じゃないのに
ついつい最後まで見ちゃうんですよね。
顔は出さなくて、画面に出るのは
玩具といつもきれいに爪を切りそろえた手だけなんですが。
抑揚のある特徴的な話し方で
とにかく玩具の紹介と感想を述べてるだけなんですが、
なんか面白い。
全然知らないキャラクターのフィギュアの塗装がどうだとか
フォルムがどうだとか躍動感がどうだとか言われても
よくわからないんですが、なんか見てしまう。
ガチャガチャの中身に一喜一憂する様子見ても、
何がアタリで何がハズレなのかもわからないんですけどね、
なんか見てしまう。
こう言ってはなんですが、他の方の玩具紹介の動画を見ると
彼の面白さにより気づいてしまいます。
で、先日子供たちがテンに
「お父さんいちばん好きなユーチューバー誰?」という質問を。
テンがその玩具紹介の彼を即答していて、
「お母さんも!」と思わず言いました。
夫婦ともに玩具に興味ないのになー。

サニーデイの田中さんはラーメン評論家でもいらっしゃるんですが、
私はラーメンの奥深さはわからないし、
そんなにラーメン店に行ったことありません。
でも田中さんのお話、面白いんですよね。
名前が出てくるお店も1件たりとも行ったことなくて、
自分にとって勉強になってるとも思えないんですけど、
めっちゃ集中して聴いてしまう、読んでしまう。
トークショー、たくさん人が集まるのわかるなぁって感じで。
そして、この方がサニーデイのベースを担当していることに
納得したり。
それこそこんな人が隣のクラスにいたら、
あの人何なんやろって気になってしまうわ、きっと。
サニーデイの時はほとんど喋らない方なんですけどね。

玩具紹介の彼も田中さんも、きっと表現が独特だったり、
語彙が豊富だったり、そもそも感性が鋭かったりするのでしょうが、
(そしてちょっとヘンな人だったりするのでしょうが)
何より「本当に好き」が根底にあって、
そこに惹きつけられるのかなぁと思ったりします。
ここで私の話をするのはおこがましいんですが、
この青春回顧録も、そんなバンド知らないし興味もないし、
何言ってるのかわからなくて共感もできない、
でもなんか全部読んじゃった、っていうそんなのだったらいいなぁと。
ちょっとでもそういう感じになれたらいいなぁと憧れているわけです。
まあ私のは紹介じゃなくてただの回顧録なんで
そもそも別物なんですけど。

長い前置きになりましたが、さて本題。
たとえば、野球でもテニスでも剣道でも将棋でも何でもいいんですが、
学生時代に部活に本気で取り組んだ仲間がいる方多いと思います。
私がいちばん部活に励んだのは高校生の時です。
別に部活じゃなくてもいいんですけど。
そういう昔一緒に同じことを一生懸命やった仲間と
長く別々の生活をして、久しぶりにちょっと会って話したり
ちょっとプレイしてみたりするのって、なんか特別ですよね。
昔に戻ったみたいな気持ちになって、
懐かしいね、楽しいね、変わったね、変わってないねって。
昔一緒に喜んだり苦しんだり我慢したりした仲間としか
味わえないものってあると思います。
そしてそういうのは、
当時と同じ仲間で
当時と同じように時間を費やして
当時と同じようにエネルギーも費やして
当時と同じように苦しんで悩んでっていうのとは
わけが違うと思います。

『Sunny』は「ふたたび出逢えた喜びを胸に」なアルバムでしたが、
サニーデイしか活動していない晴茂くん、
サニーデイが自分のメインだという田中さん、
(たぶん仕事量ではなく、気持ちの話だと思いますが)
その2人と違って、
曽我部さんはサニーデイはあくまで表現のひとつって感じでした。
実際、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだったと思います。
解散前、サニーデイしか表現する場がなかったことが
曽我部さんが苦しい原因のひとつだったと思うし、
それぐらいでちょうどいいのかも、
とか大人になった私は思ってました。
時々会って、懐かしいね、楽しいねって。
聴く側の私も懐かしいね、楽しいねって。

『Sunny』の頃、サニーデイはサポートメンバーを入れずに、
3人だけでライブをすることが多くなりました。
お客さんからすれば、すげーヘタだなってだけかもしれないけど、
今3人で音を出したいって。
装飾を剥いで、曲の核になる部分だけを演奏したいって。
昔と違って、音を間違えることに神経質にならずに
とにかく3人で音を出すことに大きな意味があるって感じでした。
渋谷公会堂でも3人だけのライブをやったりとか。
そしていつのまにか、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだった
その比重が変わっていったように思います。

3人だけのライブの動画をいくつか見ていて、
この『今日を生きよう』を
私も学生の頃、この曲ライブで聴いたなぁとか思いながら
観てたんですが。
思わぬ展開になって、夜中にひとり声をころして笑うことに。
口笛からギターの間奏の後、
「いちばん奥の部屋で~」って歌が始まるはずが、
曽我部さん歌わない。
2人があれ?どうしようってなってるんですが、
次のタイミングで歌いだすのかと思ったら、
曽我部さん、まさかのジャーンって終わっちゃう。
もう歌い切ったつもりだったようで。
それに合わせて咄嗟にちゃんと終わらせる2人はさすがですが、
とにかく可笑しくて。
まあ私はこの曲をよく知ってるし、
サニーデイをよく知ってるから可笑しいんでしょうけど。
それはさておき、この時の晴茂くん、
元気そうに見えるのですが
この2カ月後にはライブを欠席するようになり、
半年後に期間未定で離脱が発表されました。




『今日を生きよう』といえば、うどん。
サニーデイのことを
「ああ、うどんの人たちね」と言ってたのは誰だったかな?
見たのか、聞いたのか、読んだのかも思い出せないけど。
今は田中さんはラーメンの人ですけどね。
私、ケンゾーを妊娠してつわりの嵐の中にいた頃、
おいしい讃岐うどんが食べたくて仕方なかったんですよね。
その時はできれば冷たくてすっぱいのがよかったんですが。
すだちおろしうどんとか。
妊娠中の食べたいって「食べたいなぁ」とかじゃなくって、
飢えた獣みたいにもう本当に食べたいんですよね。
毛布にくるまって、うどんで頭がいっぱい。
このMVも思い出したりしながら。
曽我部さんは香川県の方です。

『今日を生きよう』(1998年)





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青春回顧録19

我が家のある市、インフルエンザが流行ってて
学級閉鎖があちこちで出てるそうなんですが、
マル太の小学校、セン次の幼稚園、
どちらも全くの無事です。
ただの乗り遅れで後から来ませんように。
セン次、あと1カ月ですし。

さて、続き。
大学生の頃に一緒にサニーデイのライブへ行った
Nちゃんもそうでしたが、
サニーデイの音楽を「癒される」と言う人がいます。
大学のYくんの友達の女の子も
「りるび。ちゃんってサニーデイ好きなんやろ?癒されるもんね」
と言ってました。
2ndの『東京』に確かにそういう感じがあるのかもしれないけど、
私はその感覚がわかりませんでした。
ドキドキはしたけど、「癒された」ことなんてなかったので。
当時は「癒し系」とかいう言葉が流行ったりして、
「癒し」という意味が多様化してた面もあるし、
それでそういうことを言う人たちがいたのかもしれないけど。
そして私はその流行が好きではなかった、
ということもあるかもしれないけど。
もちろん人によって感じ方は違うし、
感想に正解なんてないから
「人は人、私は私」でいいんですけど。
ただ、2014年に4年ぶりにリリースされた
9thアルバムについてはそれに近い感じがありました。
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」全開?
なんせ楽しそうで、安産だったのではと推測できるアルバム。
詞も日常の中にあるものを切り取ったみたいで、
少し曽我部さんのソロに近いのかなという印象でした。
ちなみに2014年、私はすでに3児の母でした。


9thアルバム『Sunny』(2014年10月、11曲)

晴茂くんの呼びかけでスタートしたアルバムだそう。
(でもその数カ月前にはもう辞めると連絡があったそうなので、
本当に不安定なんだなと思ったりします)
サニーデイのジャケットなのに曽我部さんが微笑んでる。
夏っぽいジャケットで、中身も夏の曲が多いんですが10月。
夏に作って秋に出ちゃう。
これもインディーズならではですよね、たぶん。
ネットで9thアルバムの発売を知ったのですが、
その時に久しぶりに見た3人の写真を見て、びっくり。
晴茂くんの髪が肩まである。
曽我部さんは長かったり短かったり
いろいろ変わるから何も思わないんですけどね。
伸ばしたのかな?伸びちゃったのかな?と
余計な心配をしてしまいました。

曽我部さんいわく、「いかんせん地味」なアルバム。
ラジオで流れたら、今の何だったの?
っていう感じだそうですが、わかる(笑)
個人的には最後3曲が大好き。
特に『夏のような人』って3分もない短い曲があるんですが、
まぶしい曲で本当に本当に大好き。

曽我部さんのインタビューの中の言葉で印象に残ったのが、
「とにかく2人に委ねたい」。
自分が作った曲を聴いて自然にできたものがいい、
だったかな?
(サニーデイはいわゆるプリプロダクションを行わないバンドらしく、
アレンジ練って練習してレコーディングに臨むのではなく、
スタジオで初めて曽我部さんの歌を聴いて、
まずやってみるというスタイルだそうです。
いっぱいやっても結局最初がいちばんよかったりするので、
プリプロは無駄なんだとか)
とにかくこの頃の曽我部さんは「サニーデイ最高!」だった。
2人が自分の作る曲とサニーデイを大好きだということに
疑う余地はない、田中と晴茂くんは素晴らしいって言ってて、
2人に気持ち悪がられるくらい
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」だった。
でもほんと、3人で演奏することが嬉しいというのが
伝わってくるアルバムだと思う。
曽我部さん、この時は
昔のヒリヒリしたものは永遠に欠落したままでいい、
これからは3人で寛げる音楽をやっていくんだって
言ってたんですよね。

このアルバムを聴いた人たちの感想を
最近になって読んだのですが・・・
こんなサニーデイ聴きたくなかった、
ノスタルジーはもういらない、
早く2000年の続きを見せてくれ、
そんな感想を目にしました。
2014年当時の私がこれを読んでいたなら、
これが40代になったサニーデイでいいやん!
聴く側のこっちだって同じ年数歳とってるんやし!
って思ったと思う。
今もその気持ちはあるし、『Sunny』が大好き。
もう『Sunny』みたいなアルバムは今後ないと思うし。
でも、そういう感想を持った人たちの
サニーデイ愛に感嘆もしてしまう。
そういう人たちはサニーデイを「思い出」になんて
してしまわなかった人たちなんだなというのが分かるから。

『夏は行ってしまった』(『Sunny』から)
これは2012年に12年ぶりにリリースされたシングル。
といっても、ライブ会場とレーベルのオンラインショップ限定で、
一般の店頭には並んでませんが。
『魔法』の次にこんなシングルが出るなんて、
2000年の私に教えてあげたい。
ほんと、いかんせん地味(笑)
好きだけど。
新規のリスナー獲得は目的じゃないな~。
このMV、解散前の映像だけで出来てます。


『愛し合い 感じ合い 眠り合う』(『Sunny』から)
これは最初のテイクが採用された曲。
たくさん録ったそうですが、
結局うろ覚えでどたどたどしい1発目をOKにしたそうです。
小慣れたテイクにはない何かがあるって。
愛のある演奏だなぁと思う。



長くなってますが、もうひとつおまけ。
このアルバムに『アビーロードごっこ』という
シングルが入っているのですが、
この曲が桑田佳祐が選ぶ2014年シングル20(だったかな?)の
11位にランクインしたそうです。
すげーよ、レニー・クラヴィッツと大瀧詠一合わせたみたい、
(私はユーミンぽいと思ったけど)
不思議な代理コード使ってるけどかっこいい、大好き、
と評価されていました。
(ちょっと逸れますが、音楽を本当に愛してる人は
ちゃんと歌謡曲も聴いて評価するからすごいな~と思います。
偏見なんてなし。いいものはいい。ジャンルなんて関係なし。)
で、そんな『アビーロードごっこ』は
田中さんのベースの存在感がすごい名曲なのですが、
シングルなのに(これも店頭には並ばなかったけど)、
しかもあの桑田さんに選ばれたっていうのに、
MVなるものが存在しないのか
YouTube検索しても何も出てこない。
もっとプロモーションすればいいのに。
とか言いながら、
そんなこと思ってないんですけどね。



青春回顧録18

2011年からしばらくは子育てで目まぐるしい毎日でした。
マル太は幼稚園に通い始め、ケンゾーの妊娠・出産があり、
セン次の言葉と情緒面の問題に向き合い、
今思うとよくやったな~と自分で感心してしまいます。
もう一度やれと言われてもできません。
今も子育て真っ最中に変わりはないのですが、
その頃を思えばずいぶん落ち着いてきたなぁと感じます。

ちょうど私が目まぐるしい日々の中にいた頃、
サニーデイはシングルを2枚リリースしましたが、
目立った活動はなく、マイペースだったと思う。たぶん。
たぶんというのは、私は自分の生活でいっぱいいっぱいで、
サニーデイのことを考える余裕がなかったから、
よく知らないのが本当のところ。
でも、その頃は晴茂くんの調子が悪かったそうだし、
曽我部さんはソロとソカバンの活動を
精力的にされていたみたいなので、
やっぱりそうなんだと思います。

サニーデイにどっぷりだった18~22歳とは
それはそれは違った生活をしていたわけだから仕方ないけど、
でも本当はそれより以前から、再結成をする前から、
私は大人になってしまっていたのだなぁと思います。
解散のショックでアルバム単位でサニーデイを聴かなくなって、
青春なんてもう懲り懲りで、
大人になっていくのは生きやすくなることでもあるから、
それはそれでいいことなんですが・・・
私はサニーデイを「昔大好きだったバンド」にしてしまった。
「思い出」にしてしまっていた。
8thアルバムには感動できたけど、
それも大切な大切な「思い出」だったからこそで。

こんなことが何かのバロメーターになるかのどうか
それはわからないけど、
待ちわびた8thアルバムを聴いて、
満足?安心?解熱?したのかもしれないけど。
2014年にリリースされた9thアルバムも、
2016年にリリースされた10thアルバムも、
私は1~2週間遅れで聴きました。
その間のシングル4枚は購入せずに
ネットでMVだけ観てアルバムに入るのを待ちました。
サニーデイのシングルは
アルバムに入らないカップリングに名曲が多いっていう、
そんな大切なことまで忘れて。
別にそれでもいいのかもしれないけど。
10thアルバムを聴いた今となっては、
私はずいぶん鈍っていたんだと思うしかないです。




青春回顧録17

冬は苦手。
って思うと余計に苦手になるのはわかってるんですが、
やっぱり苦手。
寒さというよりは冬っていう季節が苦手なのかなぁ。
調子よくないです(笑)

さて、まだやります。
曽我部さんがこんなことを言ってた。
自分たちが受け入れられたのは
音楽が優れていたからだと思ってたけど、
そのたたずまいが聴く側に近かったからだったんじゃないかと。
身なりや下手さ加減や生活レベルや精神性とかが
理想の遠い友人みたいだったんじゃないかと。
別のクラスにいる、喋ったこともないけどなんか気になる人、
みたいな感じ。

私は3人の音が大好きだったけど、
3人がどういう人なのかはどうでもいいと思ってたし、
あんまり知りたくなかった。
曽我部さんは初めのラジオの印象は良くなかったし、
田中さんと晴茂くんはとにかくほとんど喋らなくて、
何考えてるのかわからない感じだったし。
でも、その曽我部さんの言葉を読んだとき、
ものすごく納得した。
もし3人ががおしゃれで垢抜けた人たちだったら、
もしカメラの前で上手に笑える人たちだったら、
もしライブを上手に盛り上げられるような人たちだったら、
・・・想像できない。
それなら音楽そのものも違っていたと思うし。
たたずまい。
ほんとにそう。
私が前に「自分の影みたい」と言ったのもそういうこと。
そうか、私って「音」だけじゃなくて、
「人」も好きだったのかと気づいた瞬間でした。

『東京』のアルバムの中の詞だってそう。
「ショーウィンドウを覗いてみれば
格好良いものばかりずらっと」(『恋色の街角』)
とか、全然特別な言葉じゃないけど、
ショーウィンドウの中身が近くて遠い感じが、
当時の私にものすごく心地よかった。
前にMV載せた『恋におちたら』の
「晴れた日の朝にはきみを誘って何処かへ
行きたくなるような気分になったりする」なのに
「だれかと話したくてぼくは外へ出るんだ」って、
まだ誘える「きみ」がいない人の
『(もし)恋におちたら』っていう
晴れた日の妄想の歌だったりして、
そこにめっちゃにやけてる私がいた。
等身大だけど卑屈じゃないから心地よくて、
これでいいんだって感じで青春のど真ん中に置けた。
『東京』っていうアルバムがずっとファンに大事にされているのは、
そういう部分も大きいのかもしれないな。
私も毎日CDプレーヤーに貼り付いて聴いたけど。
詞といえば、曽我部さんはサニーデイでは
ソロやソカバンみたいに自分が強く出たものは歌わないそうです。
サニーデイでは3人の人生を代表したものを歌うそうで。
だから誰でもない誰かの歌に聞こえるし、
自分もそこに入りやすくなるのかな?
ん~、こういう分析みたいなことは書くつもりなかったのに、
なんか喋りすぎかも・・・


前回書こうと思ってたのですが、
思いがけず長い記事になったので。
再結成に至った経緯。
解散後、3人はほとんど会うことはなかったそうですが、
音楽業界にいた曽我部さんと田中さんは顔を合わせることもあり、
再結成の2・3年前からは2人の交流はあったそうです。
もともと2人は四国にいた高校時代からの友達ですし。
そんな中で、ライジング・サン・ロックフェスから
10周年記念にサニーデイとして出演しないかという話があったそうで。
じゃあ、やる?となって、
田中さんが晴茂くんに「とりあえず出てみない?」と電話したそうで。
なんともあっさりした再結成(笑)
悩んで迷ってとか、今こそサニーデイ!となるきっかけがあったとか、
全然そんな感じじゃなかったみたいで、
言われたからやる?という感じだったようです。

再結成について、曽我部さんは考えたこともなかったそうで、
言われて初めてその可能性に気づいたとか。
もう解散した理由も忘れていたそうです。
田中さんも、3人ではもうやらないと思っていたし、
やりたいとか考えたこともなかったとか。
そして晴茂くんは、
ずっと引っかかったままだったから、
まだやれるんだって嬉しかった、と。
他のバンドじゃなくて、
サニーデイをやりたいという気持ちが残っていた、と。
これはね、衝撃でした。
深いため息が出たというか。

そんな晴茂くんは、8thアルバムリリース直後に
病気で入院してしまいました。
私は出産直後でそのことを知ったのは
すでに復帰されてからでした。
久しぶりに覗いた曽我部さんの日記に、
晴茂くんが帰ってきてくれて本当に嬉しいって書いてあって、
何のこと??となりました。
で、その日記に、僕は晴茂くんのドラムが本当に大好きだ、
先日のインストアライブの時に強くそう思った、
下手くそだとか関係なくて、彼が叩けばバンドはドライヴする、
それだけだ、ってことが書かれてて。
サニーデイに美談を求めるつもりもないし、
曽我部さんも提供するつもりはないと思いますが
(あれば再結成時にもっと演出があっていいと思う)、
そりゃいろいろ思っちゃいますよ。
だって、解散の時にいろいろ言われてたんですから。
(解散については「3人でやる意味がなくなった」だそうですが)
そのライブ、どんなライブやったんかな~って
当時は思っただけですが、
今調べたら動画あったんですよね。
その当時は動画があるかもっていう頭がまだなかったから
全然知りませんでした・・・。


2010年8月。
1曲目『サマーソルジャー』、2曲目『若者たち』。
この『若者たち』の演奏すごい好き。
もう若者じゃなくなったサニーデイの『若者たち』。
サポートの高野さんと新井さん含めて(右2人)。
大事なところで曽我部さんが派手に音間違えるところも含めて(?)。
再結成で当時のサポートメンバーもそのまま戻ってくるって
すごいなぁと思います。

こちらは若者だった頃。






プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。飄々とした小学3年生。何かと器用。
次男(セン次):6歳。幼稚園年長。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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