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青春回顧録2

雨が降っています。

前回の続きです。
1996年夏頃にサニーデイの音楽に出会った、の続き。

私は当時予備校生で、
夏以降はアルバイトも辞め、勉強に集中しました。
私は高校3年生では受験をしておらず、
親に無理を言って予備校に1年通わせてもらったこともあり、
いろんなことを禁じて頑張ったつもりです。
だから、ラジオからサニーデイの『東京』という2ndアルバムが
とてもいい!という情報が流れても(草野さんもそう言ってたな)
それを買うことはせず、大学生になったら聴いてみるんだと決めて、
ラジオから録音したカセットテープのサニーデイを聴いていました。
そして秋が過ぎ、冬が来て、無事合格通知を手にすることができました。
突然解放されて何をしていいかわからない呆然とした状態でいる私に
なんと姉が『東京』を買ってきてくれました。
私に、というよりは2人で聴くためにだったと思いますが。


2ndアルバム『東京』(1996年2月)12曲

珠玉って言葉がいちばんぴったりするのかな。
珠玉を散りばめた宝箱。
大げさに聞こえるかもしれませんが、
やっぱりそれが私の中ではいちばんぴったりかも。
全ての曲に心をときめかせて何度も何度も聴きました。
このアルバムは本当に宝物のようでした。
ジャケットも本当に素敵で。
(後で知ったのですが、これは古い植物図鑑からの写真だそうです。)
私がこのアルバムを手にしたのは1997年の2月で
発売から1年遅れていましたが(すでに3rdアルバムが出ていた)、
これから始まる新しい生活にわくわくする気持ちととても合っていて、
キラキラする気持ちでこのジャケットを眺めながら聴いていました。
1997年の春はCDラジカセの前で過ごした春。
1997年の春と言えば『東京』。
わたしの中ではそうなっています。

で、裏ジャケットもある意味でかなりの衝撃だったんですよ。
モノクロでも小春日和だろうとわかる中に立つ3人。
なんだか愛想のなさそうな3人(笑)
これが曽我部さん!?
3人のうち、誰が誰かはわかりませんでしたが、
おそらくこの人だろうという人は不機嫌にすら見える・・・
ラジオでもあまりいい印象は抱いてなかったのですが、
予想を上回る雰囲気をお持ちの方でした(笑)
あんまり仲良くないんかな?
この3人でどんな会話をするんやろう?
そんな印象の裏ジャケットでした。

それからもうひとつ意外なことが。
曽我部さんがベースもドラムも担当する曲があったこと。
バンドでやっているのにそれってどういうことだろう。
詞曲も全部ひとりでされているし、
プロデューサーでもあるし、
曽我部さんがいればサニーデイ、そういうバンドってこと?
その時はそんなことを思いました。
それは実際はまったくそうではありませんでしたが。

それから。
当時はネットなんて一般に普及していなくて
拾える情報は少なかったのですが、
サニーデイは作品に高い評価を得ると同時に
いつもこう言われていました。
「演奏がヘタクソだ」と。
それならば、
ヘタクソ×ヘタクソ×ヘタクソが奇跡を起こしているとしか思えない。
録音した『湖畔の嵐』のライブを聴きながらそう思ってました。

(続く)

『恋におちたら』(『東京』から)
この曲はサニーデイ好きの人じゃなくても好きな人が多い。
私の姉も含めて。私も大大大好きな曲です。



『青春狂走曲』(『東京』から)
1曲だけにしようと思いましたが、もう1曲。
やっぱりこの曲は不可欠かも。




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青春回顧録1

前置き通り、
「サニーデイと私」みたいなのを書き始めたいと思います。
前回書きましたが、
音楽性についてどうのこうのと書くつもりはないです。
単なる私の昔話です(笑)
私は音楽マニアでもないし、
楽器のセンスもありませんし、
専門的な知識もないので
音楽好きな方には期待外れな内容かもしれません。


サニーデイ・サービス
1992年 結成
1994年 メジャーデビュー
1995年 現在のメンバーでアルバム発表
      ヴォーカル・ギター 曽我部恵一
      ベース 田中貴
      ドラムス 丸山晴茂
      (作詞作曲は全て曽我部さん)
2000年 突然の解散
2008年 再結成
2016年 晴茂くんが長引く体調不良を理由に無期限の活動離脱
      (2015年夏からお休みされているようでした)

簡単すぎる略歴書きました。

私がサニーデイの音楽に出会ったのは1996年夏頃。
当時私は18歳で、予備校に通う浪人生でした。
(ちなみに摂食に問題を抱えていました)
夜、家で勉強する時にはラジオを聴くことが多く、
この年が最もたくさんラジオを聴いた年でした。
毎週欠かさず聴いていたのが草野マサムネさんの
オールナイトニッポンで、いつも姉と一緒に聴いていました。
草野さんがお気に入りのアーティストを紹介するコーナーがあり、
それがいちばん好きなコーナーでした。
そこでサニーデイが取り上げられたことがあり、
それが最初の出会い。
聴いた瞬間に衝撃を受けたんです!!
というのは完全に言い過ぎ。
その時、曽我部さんと電話が繋がっていて、
草野さんと会話していたのですが。
それがまあなんというか、
感じ悪い人やなぁと。
寄り添うところがないというか・・・
草野さんかわいそうとまで思いました。
でも、流れた音楽はとても惹かれるものがあり、
姉に「なんかめっちゃいい!」みたいなことを話していました。

で、それからまもなくのある夏の日(たぶん夏だったはず)。
草野さんがスピッツのツアーのためラジオに出演できない日があり、
そのピンチヒッターに出てきたのが曽我部さん。
あの感じ悪かった人やし!と思いながらもウキウキしながら録音。
その時、どんな内容を曽我部さんが喋っていたかとか
全く憶えてないのですが、
当時出ていたサニーデイのアルバム『東京』から数曲、
そしてライブ音源が何曲か流れたのです。
それが本当の衝撃の出会い。
その日から毎日、テープに録れたそれらの曲を
何度も何度も聴くようになりました。
全ての曲にもう完全に「とりこ」の状態でした。

で、そのライブの音というのが正直なところ、
とても洗練されていない音でした。
荒削りとか雑とかでは全然ないんですが。
その中に『湖畔の嵐』という曲があったのですが、
なぜかは分からないけどそのライブの音に
私は特に強く惹かれて(かっこいい!とかではなく)、
テープを巻き戻しては繰り返し繰り返し聴きました。
6歳年上の姉がいる影響で
幼い頃からわりといろんな音楽を聴いてきた方で
たくさんの曲に心ときめいてきましたが、
音自体に心底ときめくという体験をしたのは初めてのことでした。
(大学生になってから『湖畔の嵐』をカップリングとする
シングル『サマーソルジャー』のCDを買ってきて聴きましたが、
私はあの日ラジオで流れたライブの方が好きだと思いました)

ちなみに姉は録音できた中から
『恋におちたら』を気に入り、
あとにはそれほど興味がないようで、
何度もテープを巻き戻す私を不思議がっていました。
これまで姉の好みの後ろを走っていた私が
その日から脱線し、
その後大きく外れていくことになりました。
青春のはじまりはじまり~です。
そう、青春としか言いようがない。

(続く)



前置き

最近は小学校から運動会の練習の音楽や声が聞こえる。
毎年、当日が近づくほど先生たちの声が大きく鋭くなって、
特に6年生の組体操では怒声が聞こえます。
放課後には太鼓の音が響いて応援団の練習が繰り返されます。
これ聞くと、マル太が生まれたばかりの時のこと、
ケンゾーが生まれたばかりの時のことを思い出します。
2人は9月上旬生まれなので。

さて。前回の続きというか、
書きたい気持ちになったので書いてみようと思います。
次回から。
サニーデイについて。
と言っても、サニーデイの音楽性について云々とかではありません。
そういうの、読むのは結構好きですが書くのは苦手で性に合いません。
「サニーデイと私」みたいな感じの回顧録(?)的なものでいきたいと思います。
なので、音楽に興味ない!という方も、
そんなバンド知らん!という方も、
まあまあ、まあまあ読める内容になるはず?です。

サニーデイ聴き始めてこの夏でちょうど20年です。
ブログ始めて5年になりますが(休止期間もかなりありますが)、
ちょいちょい触れつつもサニーデイについてしっかりと書いたことがなかったのは、
なんとなく裏腹な思いがあるせいだと思います。
好き好き大好き!!なら、とっくに書いてたはずなんです。
いえ、好きですよ。もちろん大好きなんですけどね。

何年も私のブログを読んで下さる方はご存じと思いますが、
書くぞ宣言しといて書かないのが私です・・・。
どこまでやれるかね~。




愛が止まらない

夏休みに入ったら、まめに更新するつもりが
近況報告で終わっていきました・・・
その近況もいろいろ変わりましたし。

長男マル太。

7月から空手を習い始めました。
一歩外へ出ると、いつも自信なさそうな次男セン次に
武道をさせてみたくて見学に行ったところ、
マル太が大変興味を示し、入会しました。
ちなみに私は剣道を5年間やってました。

2年生の春に視力検査で近視を指摘されて以来、
何度か眼科に通い、2学期に入る直前、
ついにめがね購入。
モノを大事にできないマル太くん、頼むよ~。
それないと困るんやで~。それ高いんやで~。
裸眼の視力は両目で0.15。
大変立派な近視ですね。
この歳でこれだけ視力が低下するのは遺伝だそう。
眼球の形が近視の形なんだとか。
私が0.02なんでね・・・

先日9歳になりました。


次男セン次。

夏休み中、明らかに吃音が改善されました。
兄弟げんか中の興奮状態や、伝えたい思いが強い時は
つっかかりが目立ちますが、普段はずいぶん滑らかに。
口だけパクパクして音が出ない、というのは
ここ最近本当になくなったなぁ。
もちろん、調子が良くなったり悪くなったりするものなので、
このままが続くかどうかは不明ですが、
調子のいい間に喋る自信を少しでも持てたらいいなと思います。


三男ケンゾー。

一昨日、下の前歯が折れました・・・
マル太の話では、こけた先にあったおもちゃ箱に
顎あたりを強打したらしく。
抜けはしなかったのですが、
歯が1本前に倒れ、下に下がった状態。
歯医者さんで固定していただきました。

先日3歳になりました。


さて、ここで本題。
というか、タイトルの内容。

8月3日、約2年ぶりに
サニーデイ・サービスのアルバムがリリースされました。
結婚してから自由に欲しいだけCDを買うことはできなくなりましたが、
サニーデイの新作は迷わず購入。
以来、私のサニーデイ愛が止まらないんです。
このアルバム、ドラムの晴茂くんが9曲のうち2曲しか参加していない。
あとは曽我部さんが叩くか打ち込み。
2月に体調不良を理由にバンド活動を離れてしまった。
発表は2月だったけど、実質は昨年9月からお休みしている模様。
具体的な病名は出ていないけど、メンタル面の病気であることは
なんというか、誰に教わらなくてもわかるというか。
2010年に入院した時には内蔵疾患だったけど、
(それもこわそうな病気でびっくりした)
今回は、うん。

新境地なのにとてもサニーデイで、素敵な曲ばかり。
何度も何度も聴いた。
掃除しながら夕飯作りながら、何度も何度も。
でも、でも、でも。
このアルバムの中に『桜 super love』という
曽我部さんが書いた曲がある。
(詞・曲はいつでもどれでも曽我部さん作だけど。)

 君がいないことは 君がいることだなぁ

っていう曲。
これ、晴茂くんのことみたい。
そして、曽我部さんと田中さんだけでなく、
ファンも間違いなくそれを感じているはず。
もう本当にその通り。
いないことでより強く感じる存在。
いないけどいる存在。
話せば長いけど、サニーデイは一度解散していて、
8年後に再結成したバンド。
いつもいるのにいない、いるはずなのにいない、
とかそういう単純なことではなく・・・
なんといっていいか、本当にsuper loveなんだと思う。

このアルバム聴いてからというもの
18歳の時のサニーデイとの衝撃の出会い、
解散する直前のこと、解散した時のこと、
8年間の時間、再結成を知った時のこと、
再結成後初めてのアルバムを手にした時のこと、
聴いた時のこと。
いろいろ思い出して、改めて昔のアルバムを聴いたり。
私の中にずっとあったサニーデイ愛が
あふれてあふれて止まらない。
自分がどれだけサニーデイのサウンドを愛してきたか、
(ここは「曲」ではなく、あえて「サウンド」と言いたい)
愛しているかがよくわかった。

先月、アルバムリリースと同じ日に退院されたそう。
早く、なんて急かすつもりはないけど、
帰ってきて!必ず!


これは私が初めて演奏している3人を見た映像。
1997年3月なんや。
大学生の時って思ってたけど、入学前だったとは。








プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。何かと器用で飄々とした小学4年生。
次男(セン次):7歳。小学1年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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