豆腐ハンバーグ

今日はマルが幼稚園をお休みしました。
月曜日から咳が出ていたのですが、
ちょっとの咳で見学させてたらキリないわと思い、
プールに入らせていました。
でも昨日の朝は咳もひどくてちょっと嫌な予感がしたので、
プールは見学させたら、幼稚園から帰ってきてから発熱。
高熱じゃないし、なんせ元気なんですけどね。
今日は休ませました。
そして、さきほどからセンの体が熱くなり始めています


さて。
今日の夕飯に豆腐ハンバーグを作りました。
実は初挑戦です。

最近、麻婆豆腐以外は豆腐を食べなくなってしまったセン。
先日、1日万博公園で過ごした日、夕飯の支度が面倒で
スーパーのお惣菜を買って帰ったのですが、
その中にあった豆腐ハンバーグをセンがもりもり食べました。
ほう、これやったら食べるんかい。
ということで、作ってみました。


ブログ用 001

木綿豆腐、鶏ミンチ、玉ねぎ、にんじん、ひじき、枝豆、
塩こしょう、片栗粉をぐちゃぐちゃ混ぜて成形して焼くだけ。
玉ねぎ、にんじんは先に炒めてます。
枝豆は枝豆好きのセンの気を引くために。
だし、醤油、酒、みりんで適当に作った和風タレに
水溶き片栗粉でとろみをつけてをかけました。


スーパーのより断然美味しいやーん。


マルもセンもしっかり食べました。
ただ、センは「めま!めま!」と言いながら
最初に枝豆だけほじくり出して食べてましたけどね
あっ、センは「まめ」のことを「めま」と言います。


淡白な豆腐に混ぜるものは何でも良さそうだし、
これって冷蔵庫の整理に使えるメニューかもしれません。
大葉とか混ぜても美味しそう。
ごまをたっぷり入れてみたり。
それに今日は和風のタレをかけましたが、
ポン酢や甘酢あんをかけてもいいかもしれません。

続けて作ると子供たちがすぐに飽きてしまうので、
忘れた頃に違うバージョンで作ってみようかな。





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パニック障害の記録17

パニック障害16の続きです。

発作が過ぎた後、診察室に入りました。
先生は待ち時間が長くて申し訳なかったとおっしゃった後、
今、待合室でどんな状態だったのかを聞いて下さいました。
私は発作時の症状と、とても説明しにくい普段からの症状を
もどかしい気持ちで話しました。
「電車が怖い」とは言いませんでしたが、
今日ここへ来るまでにホームで調子が悪くなり、
電車になかなか乗れなかったこと、
途中からタクシーで来たこと、
普段からホームで症状がきつくなることなどを話しました。
情けないですが、一人で出勤できないことや、
今日ここへ来るのにも一人ではとても無理だったことなども。
先生はずっと頷きながら私のもどかしい話を聞いて下さいました。


私は高校生の頃から、自律神経の乱れで病院へ行っています。
身体的に異常はないのでいつも首を傾げられ、
最終的には「その他」に近い「自律神経失調症」の診断を
いただいてきました。
だから、この時、まさか自分の中で起こっていることを
わかりやすく説明していただけるなんて思っていなかったんです。

原因は様々だが、ストレスや疲労などが引き金で頭が間違った指令を出す。
酸素が足りないわけでもないのに、酸素を取り込めという指令を出し、
息を必死に吸う。結果、過呼吸になる。
食べたわけでもないのに、消化しろという指令が出る。
消化器官が激しく活動をし始め、胃や腹部に不快感が現れる。
その乱れ方がひどくなり、いろんな症状が一気に現れる「発作」を
一度経験してしまうと、また起こるのではないかと不安になる。
発作の記憶が恐怖心を駆り立て、不安や恐怖が強くなるほどに
頭は次々に間違った指令を出し、再び発作が起こる。
発作の記憶が発作を引き起こす。
発作を繰り返せば繰り返すほど、発作を起こしやすくなる。


うまく書けませんが、そのような内容でした。
そしてそれを「パニック症候群」というのだと教えてくださいました。
「パニック障害」の呼び方の方が一般的ですね。
その先生は「パニック症候群」という呼び方をされていました。

私は、私の中で起こっていることを理解されたことに驚きました。
そして説明のつかないその症状に名前をいただいたことにも。

さらに、パニック症候群の人のほとんどは電車に乗るのが怖いと
訴えるのだと教えてくださいました。
「電車はドアが閉まってしまうと出られないですからね」と
にこやかに当たり前のようにおっしゃられ、
「頭がおかしいのではないか」と怖がっていた私の不安は
一瞬で消えていきました。
パニック症候群の人にとって、
「電車が怖い」はごく当たり前のことだったのです。


すごくヘンな言い方かもしれませんが。
私は自分の得体の知れない症状に「所属先」があったことに
とても感動しました。
10代の頃の経験があったせいかもしれません。



今日はここまでにします。




※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
 ご覧ください。







パニック障害の記録16

パニック障害15の続きです。

アルバイト先の近所の神経科に通っても
症状はひどくなるばかりだった頃。
母の提案で病院を変えることにしました。
時期は24歳になって間もなく、
2月頃だったと思います。
この頃は日常生活をまともに送れていませんでした。
一人で出勤できない、コンビニにも行けない、
お風呂に一人で入れない、家ではベッドの中。
発作も1日に何度も起こしていました。
9時~17時まで勤務していたことが不思議です。


アルバイトはお休みをいただき、
母に付き添ってもらって大阪市の総合病院の神経科に
向かいました。

まず、自宅の最寄り駅のホームで発作。
母に腕をさすってもらい、発作が治まってからも
電車が来るたびに乗ろうと立ち上がるのですが、
足が進まず、何本か見送ってようやく乗車。
乗り換え駅に到着しましたが、
また電車に乗るのは到底無理な状態。
タクシーで病院まで向かいました。

この病院の神経科はとても混んでいました。
予約制のため、初診の私は予約の患者さんの診察が終わるまで
待合室で待たなければいけませんでした。
病院に着いてホッとしていたのですが、
長い待ち時間の間にまた発作。
母の膝を借りて横になり、ふるえながら順番を待ちました。
その様子を受付の方が先生に伝えてくださったようで、
動けるようになり次第、診察していただけることになりました。
予約の方には申し訳なかったですが、とてもありがたかったです。

発作が治まってから診察室へ。
見るからに穏やかそうな男の先生がいらっしゃいました。


ちょっと短いですが、今日はここまでにします。




※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
 ご覧ください。






万博まで自転車で

今日はお天気が良さそうだったので、
万博公園に行ってきました。

いつも電車で行くのですが、今日は自転車で
テンが私の電動自転車で子供たちと3人乗り、
私は実家の母に電動自転車を借りて一人身軽に♪
川沿いに紫陽花が咲いているのを左手に見ながら
サニーデイ・サービスの「あじさい」を口ずさんで、
気持ち良いサイクリングでした。

いつもは中央から入るのですが、
今日は自転車で来た関係で西口から入場。
こちら側はあまり来ないのですが、
今日は西口付近だけでたっぷり遊びました。


ブログ用 002
小川で水遊び。
見にくいですが。
右の方、パンツ1枚で岩に座っているのがマル。
左の方の親子がセンとテンです。

空に全体的に薄い雲が張っていて、
暑すぎないし、濡れても寒くないし、
ちょうど良い天候でした。


ブログ用 001
遊具遊び。
センはマルができることは自分もできると思っているので、
そんなとこ行っちゃう?と思うところにも
ずんずん進んで行ってしまいます。
追いかけるこちらがグッタリ
2人とも全力で遊んでました。
ちなみにこの時、テンは水遊びの相手に疲れたようで、
小川の傍でお昼寝


あとは、写真はありませんが「ダッパ捕り」をしました。
正確にはバッタ捕りですね。
センがバッタのことを「ダッパ」と言うので、
マルも「セン!こっちにダッパいてるで!」と言うように
ちなみにセンはダッパダッパと追いかけるくせに、
自分の足にピョンと跳んでこられると
払いのけることもせずに硬直して泣きわめきます


しかし、よー遊んだわ。
帰りはテンの前と後ろで子供たちが爆睡してました。


本日の太陽の塔は、遠くから。
右側だけを眺められました。

ブログ用 003




「あじさい」 サニーデイサービス
(↑動画です。15年位前ですね。曽我部さん若いわ。)





カブトとメダカ

センも2歳になり、
1歳の頃のようになんでもかんでもひっくり返したり、
なんでもかんでも口へ持って行ったりする時期を過ぎました。
なので、生き物を飼育したり、植物を育てたり…
そんなことを始めたいなぁと思っていたある日。

マルを幼稚園に送りに行く時に、
団地の清掃のおばちゃんにちょっとちょっとと声をかけられました。
「ここにクワガタいてやるねん。いらん?」
見ると、草むらにクワガタが1匹。
カブトムシは早朝に探せば見つかるらしいのですが、
このクワガタも自然のもの??
それとも誰かが飼育していたのを放したのか??
とりあえずいたただきました。
マルやセンも喜びましたが、誰より喜んだのがテン。
飼育セットを用意しましたが、
動きも鈍いし、何も食べようとしないクワガタちゃん。
数日して死んでしまいました
もともと弱っていたみたいですが、
なんだかかわいそうなことをしてしまった気がします。

しかし、せっかく飼育セットも用意したことだし
ということでテンが子供たちを連れてペットショップへ。
カブトムシのオスとメスがわが家にやってきました。

ブログ用 004

手前にいるのがメス。
奥の枯葉の下にもぐっているのがオス。(わかりづらい)
夜中にせまいケースの中でブンブンとハネを鳴らしているのを聞くと
飛びたいんやなぁかわいそうやなぁと思ったりするのですが…。
私は虫が苦手なので(幼い頃はカブトムシ飼ってたんですけどね)
ケースのフタが開けられている時は遠くから見ているだけですが、
テンと子供たちは夢中です


それから。
近所のお友達のおうちでたくさんメダカの卵が孵ったそうで
赤ちゃんをわが家にもいただきました。

ブログ用 005

かわい~♪9匹います。
独身の頃に熱帯魚を飼っていて繁殖させたことがありますが、
お魚って眺めてると癒されます。
私はこちらの方が合っているようです。


カブトムシの飼育係はテン、
メダカの飼育係は私でやっていこうと思います。
もちろん子供たちは両方のアシスタントです。


生き物のいる生活っていいですね~




パニック障害の記録15

パニック障害の記録14の続きです。

何度も書いていますが、23歳の秋から症状がひどくなり、
春頃までの約半年間がいちばん辛い時期でした。
特に1・2月は不安や恐怖を感じやすい状況にならなくても
発作を起こしやすくなっていました。


ちなみに。
この2月に私は職場でテンと知り合っています。
その後2年近くはただの仕事仲間ですが、
テンは私が最も症状がひどかった時期を見て知っているので
パニック障害について説明する必要も、
理解を得る必要もありませんでした。
それは私にとってとてもありがたいことでした。



発作の頻発していた頃、ヘンな癖がついてしまいました。
発作の恐怖と苦痛から逃れるためについてしまった癖です。
自分の腕に爪を立てること。
以前に書きました通り、この頃の私の皮膚の感覚はおかしく、
半分麻酔がかかっているみたいな状態でした。
なので、爪を立ててもジンと痺れるだけで
痛みはほとんど感じなかったのですが、
息苦しさや気持ち悪さや恐怖に別の痛みを加えることで
それらを軽減しようとしたのか…
そんな癖がついてしまったのです。
しかし、これは有効でした。
そうすることで「大丈夫、大丈夫」と自分に暗示をかけているみたいで、
なんとか発作をやり過ごしていました。
そして、発作の起こりそうな時にも自分の腕に爪を立てて
落ち着こうとするようになりました。
なのでこの頃の私の両腕は爪の形のアザや引っ掻いた痕、
血の滲んだ痕だらけでした。

この癖は今もなおっていません。
病院の待合室やスーパーのレジの順番待ちなど、
ふと不安や恐怖を感じるとすぐに爪を立ててしまいます。
あまり良い方法だとも思えませんが、
私のおまじないとして定着してしまいました。
それで少し落ち着けるのだからアリということにしています。
今は発作を起こさないので
それほど強い力を入れることはありませんし、
何より皮膚の感覚が正常に戻っているので痛いです
なので痕が残るほど…ということはありません。


発作、発作と書いていますが、
私はこの頃まだパニック障害の診断を受けていません。
なのでそれがパニック発作だという認識はありませんでした。
「自律神経失調症」の診断を受け、
処方された漢方薬を飲み続けていましたが、
効き目はありませんでした。
むしろどんどんひどくなっていき…
母の提案で病院を変えることにしました。
以前、母が買ってきてくれた自律神経失調症の本の
最後のページに載っていた病院紹介。
その中から大阪市にある大きな総合病院の神経科を選びました。
とても知らない場所に一人で行けるような状態ではなかったので、
母に付き添ってもらい、その病院を受診しました。



今日はここまでにします。




※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
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パニック障害の記録14

パニック障害の記録13の続きです。


昼間の週刊誌のアルバイトは続けていました。
仕事中の発作はあまりありませんでした。
特に忙しい時は大丈夫。
手が空いてしまうと自分に意識が行き、
突然不安に襲われることはありました。
お昼休みや、帰宅前が危険でした。
帰宅前は仕事が終わってホッとする反面、
電車に乗らなければいけない恐怖がありました。
調子が悪いと会社から出られずにぐずぐずして
そのまま発作を起こすこともありました。
発作を起こすと、椅子をつなげて横にならせてもらいました。
仕事中に発作を起こすことはあまりなくても、
迷惑かけてばかりで、ここにもいられないなと思いましたが、
どうしても辞めたくなかった。
仕事が楽しかった、職場が楽しかった、
それもありますが、何よりここを辞めれば
社会復帰なんてできない気がしていました。
毎日ふるえながらでも、ここへやって来れば
私の中では人並みの生活ができていることになりました。
「出勤」という義務がなくなれば、
家から出ることができなくなりそうな気がしました。


直属の上司(女性)に相談しました。
「私はここにいてもいいんでしょうか?」と。
私はこれまでずっと人に恵まれてきました。
この時もそうでした。
どうしても辛くて辞めたいというのでなければいてちょうだい、
いつか良くなると自分は思っている、
必要な人なので今はいてくれるだけでもかまわない、
それよりも仕事にも何らかの原因があるのなら解決したい、
というお返事をいただきました。
本当にありがたかったです。
もちろん、本当にいるだけでかまわないわけではありません。
それくらいのことは分かる人間だとわかって
言ってくださった言葉です。
アシスタントのアルバイトのことはこの方に任されていましたので、
余程のことが無い限り、この方がOKと言ってくださればOKでした。
私が帰り際に調子が悪いと会議室の椅子をつなげて
横になれるスペースを作ってくださり、
横になっているとご自分のコートをそっとかけに来てくれる
本当に優しい方でした。

もう一人、私は後輩にも恵まれていました。
ある日の昼休み、飲み物を買いにコンビニへ行きたかったのですが、
一人で行くのがどうしても怖くて、
「体調悪くて不安やねんけど、ついてきてくれる?」と頼むと、
一緒に行ってくれました。
それ以来、私が財布を持って立ち上がると、
一緒に行きましょうか?と言ってくれる優しい後輩でした。


いちばん症状の強かったこの時期、
職場に対して後ろめたさを感じていました。
でも、周りの人たちの理解や協力や優しさがあって、
辛かったこの時期も仕事を辞めずに
乗り越えられたのだと思います。
あの時、この仕事を辞めていたら…
どうなっていたか、わかりません。


そして、もう今ではわからないのですが。
勤務中の発作はあまりなかったとはいえ、
以前書いた通り、この頃の私は現実感を失くすことも多く、
いつもふらふらとしていました。
皮膚の感覚さえよくわからない状態だった私。
本当にちゃんと仕事できてたんかな…
アルバイトといえ、アシスタントといえ、
どんな仕事もそうですが、責任ある仕事でした。
週刊誌なので毎週〆があるし、タイトな仕事でした。
どうなんやろ。
夢の中にいるみたいな頭で、
どこまで正確な仕事ができていたのか…
今考えるとゾッとしたりもします。


今日はここまでにします。


※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
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パニック障害の記録13

珍しく、パニック障害の記録を3連発で更新しています。
いちばんひどい頃のことなので、書くのに気合いが要ります。
ちょっと重苦しい内容が続いてますが、
勢いで書いてしまいたいと思います。


パニック障害の記録12の続きです。

出勤に付き添いが必要で、塾講師のアルバイトを辞めた頃。


まともにお風呂に入れなくなりました。
閉鎖的な空間で、裸。
裸になるとどこにも逃げられない気がして怖かった。
それにシャンプーや石鹸を使うとますますすぐに逃げられない。
(経験のない方からしたらアホらしいですよね…)
当時の私にとっては恐怖の空間でした。
なので、湯船にザブンと入ったらすぐに出て、
シャンプーや石鹸はろくに泡立てもせず、
ふるえる手で塗りつけたら頭からシャワーをザバザバと浴び、
すぐにお風呂場を飛び出し、ろくに拭くこともせず
バスタオルを体に巻きつけたらベッドに倒れ込む。
ふるえや動悸が治まるのをしばらく待ちました。
家族でいちばん長風呂だった私が、
5分もせずに出てくるようになりました。

無理に湯船に入らなくてもいいし、
シャンプーだって使わなければいいのに。
でもそれはそれでできないんです。
「お風呂が怖い」なんてやっぱり頭がおかしいとしか思えない。
ちゃんといつも通りのことをひと通りできなかったら、
「お風呂が怖い」を認めたことになる。
それが怖かったのかもしれません。
ヘンかな?やっぱり。
私らしいけど、そういうところ。
ひと通りできなかったから…って、
ほとんどできてないに等しかったんですけどね。

私がお風呂に入る時には母、姉、祖母のだれかが
洗面所で待機してくれるようになりました。
いつも少しだけお風呂の扉を開けて入るようになりました。
少し不安は減りましたが、情けなさは倍増しました。



今日はここまでにします。



※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
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パニック障害の記録12

パニック障害の記録11の続きです。

11で書いたような発作が頻発していた頃。



一人で出勤できなくなりました。
自宅の最寄り駅から勤め先の駅までわずか10分程度の電車。
それが耐えられない。
東京の地下鉄に比べれば大したことはないのでしょうが、
それでも大阪の大動脈、地下鉄御堂筋線。
朝は当然ながら混んでいます。
狭い場所に大人数。
なかなか身動きがとれない。
気が遠くなるほど不安な空間。
まず最寄駅のホームからなかなか電車に乗れない。
やっと乗れても途中の駅で降りてしまう。
降りるとまたなかなか乗れなくなる。
ガクガクふるえながらの通勤。
当時、父はすでに定年退職しており、
パート勤務で朝は遅かったので
父が勤め先の駅まで毎朝付き添ってくれました。
出勤時間が不規則だった姉が付き添ってくれることもありました。
誰かがいてくれるだけで、不安は半分位になりました。
それでも途中で降りてしまうこともありましたが。

帰りは基本的に一人で帰って来ました。
ドアにいちばん近い座席に座れると少しマシでした。
どうしても一人で電車に乗ることができない時は
父が駅まで迎えに来てくれました。
または発作を起こして駅員さんに助けていただきました。


学生時代から続けていたアルバイト。
塾講師。
塾までは昼間の勤め先から自宅の最寄り駅を通過して
2駅先まで行かなければいけません。
気が遠くなりました。
それでも発作が頻発し始めるまでは続けました。
ある日、ふるえながら塾に到着し、
そのまま机に伏せて動けなくなりました。
見かねたマネージャーが
(この方は自律神経系の症状を持っておられる方で
なんとなく私の状態を察知しておられるようでした)
生徒に連絡して下さり、その日は休講になりました。
落ち着いてからタクシーを呼んでいただき、帰宅しました。
講師都合のドタキャン。
そんなものを続けるわけには絶対にいきません。
もう塾までの道のりも、授業をすることも
完全に自信がなくなりました。
翌日、マネージャーに連絡し、辞めさせてほしいと伝えました。
国語を担当できる講師は少なく、
代役を務めなければならない講師に多大な迷惑をかけることは
よくわかっていましたが、どうにもなりませんでした。
マネージャーは私の勝手を咎めることなく、
自分もその方がいいと思う、塾にとっては痛手だけど、
先生にとってはその方がいいと思う、
という内容を言ってくださいました。
(実際、ドタキャン連発なんてことになったら、
その方が塾にとって痛手ですよね…)
荷物の片付けや書類手続きなど、
本当は塾に出向かなければならないところでしたが、
自宅からわずか2駅がその時の私にはとても遠く感じられて
出向くことはできませんでした。
4年半勤めた塾講師を電話1本で辞めました。
講師たちに挨拶することもなく、生徒たちに挨拶することもなく、
代役の講師に引き継ぎもしないまま。
この塾のアルバイトが続けたくて就職しない道を選択したのに、
まさかこんなことになるなんて。
情けなかったです。



今日はここまでにします。



※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
 ご覧ください。





パニック障害の記録11

パニック障害の記録10の続きです。

勤め先の近所の神経科でいただいた
漢方薬を飲んでいた頃です。
まだパニック障害の診断は受けていません。


身体的な症状

・動悸 ・息苦しさ ・めまい、ふらつき
・胃の不快感(ひどいと吐き気)
・お腹の不快感
・自分が本当にここにいるのかわからなくなる感覚
 (カプセルの中に入っているような感覚)
・皮膚が半分麻痺しているような感覚

うまく書けませんね。
最後の2つは特にどう表現していいかわからない。

最後の皮膚が半分麻痺しているような感覚、というのは
歯医者で麻酔をしていただいた後、
切れかけの時に触ると痺れるような感じがする、
それが全身で起こっているような感じです。
伝わりますか?
本当にうまく書けませんね
どこをつねってもジンとするだけで
痛みを感じないというか、
本当に触っているのかわからないような…


精神的な症状

・強い不安感、焦燥感(電車・駅のホーム・コンビニなど)
・ドア(出口・逃げ場)から離れる恐怖感
・すぐに横になれない状況に対する恐怖感(外出・お風呂など)

何もかもイヤになる、死にたくなるなどの
精神状態に陥ったことはなかったと思います。
ただただ、不安・焦燥・恐怖に支配されていました。


発作時の症状

・上に書いた身体的な症状+精神的な症状が増す
・手足がふるえる
・手足が冷たくなる
・冷たい汗が出る
・ピーク時に手足と頭が痺れる
・一歩も動けなくなる(うずくまって動けなくなる)


不安・焦燥・恐怖を強く感じやすい状況になると、
そわそわと落ち着かなくなり、手足がふるえ始め、
上に書いた身体的な症状が強まって一気に押し寄せる。
それが発作です。
叫んだことはありませんが、呻き声が出たり、
「助けて」と口に出てしまうほどの恐怖です。
ピークになると手足と頭が痺れます。
その痺れが治まれば徐々に落ち着いていきます。


23歳の秋から冬にかけて、発作は頻発しました。
(「発作」と言っていますが、この時私はまだ
パニック障害の診断を受けておらず、
それがパニック発作であるという認識をしていませんでした)

ちなみに、
パニック障害の記録7、パニック障害の記録8で書いたような
窒息してしまうのではないかというような
息苦しさと胸痛に襲われる発作は、
その2回以外は経験していません。
その後は上に書いたような発作ばかりでした。


症状も発作の様子も本当にうまく書けませんね。
もどかしいです。


今日はここまでにします。



※パニック障害の症状や発作を起こしやすい場所や状況など、
 患者さんそれぞれで異なるものと思われます。
 私がつらつらと書き連ねるパニック障害についての内容は
 あくまで私個人の経験の記録です。

※これまでの記録はカテゴリ「パニック障害の記録」を
 ご覧ください。



プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):10歳。何かと器用で飄々とした小学4年生。
次男(セン次):7歳。小学1年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):4歳。おませで口達者。甘えん坊。

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