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umeda TRAD に行ってきました。

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↓このチケットを持って。

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カーネーション40周年記念
19枚目アルバム「カルーセル・サークル」リリースツアー

Vocal、Guitar:直枝政広  Bass:大田譲
サポート・・・Drums:張替智広 Guitar:松江潤 Keyboard:伊藤隆博

カーネーションのライブに来て、
松江潤さんのギターが聴けてしまうという贅沢。

グッズは買わないと心に決めて物販素通りしたはずなのに、
ライブの後にはそんな決心は何の迷いもなく吹っ飛び。
ジャケットTシャツお買い上げ。

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↑直枝さんの直筆サイン

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↑大田さんの直筆サイン

この日が来るまで、ここに来るまで、会場に入るまで、
どんな緊張と不安の中にいたか。
そんなことは今はどうでもいい。
とにかく楽しくてサイコーでした。
直枝さんの歌声を生で聴くことは私にとって「絶対」のことでした。
11年前のわすれものはきちんとは回収できたし、
今はそれもどうでもいいくらい
直枝さんは、カーネーションはカッコよかったです。
サイン書いてもらう時に直枝さんと短い会話も交わせました。
心から、行ってよかった。
今はただそれだけです。

「カーネーション」が花のカーネーションと
同じ音だということに気が付いたのは、
私が「カーネーション」の存在を知ってから
何年も後のことでした。
不思議ですね。




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Birth of a Kiss

昨年の今頃、コロナで寝込んでいました。
最近は職場以外の場所でマスクを着けることはほぼありません。
マスクをするようになってからしていなかった口紅。
春、数年ぶりに新しいのを買ってつけてみたら、
派手というか若作りして見えるというか、なんか浮いてる。
色選び失敗したかもと思いましたが、今はなんとも思わない。
むしろ馴染んで見える。
人間っていろんなことをすぐに忘れたり慣れたりできるんですね。
はじめはマスクをすることに抵抗があったはずなのに、
外していいよと言われたら、今度は外すことに抵抗があったり。
外すようになったら、こんなの暑くてしてられないと思ったり。
昨年の夏は、家以外ではずっと着けっぱなしだったのに。

さて。
4年半ほど開封もせずにしまっていたDVDを観ました。
2015年3月、結果的に晴茂くんの国内最後のライブに
なってしまったサニーデイ・サービスの渋谷公会堂のDVD。
サポートなしの3人こっきりのライブ。
発売された当時は数量限定で
私がその存在を知った時にはすでに完売していました。
2015年ってケンゾーが2歳になる年で、
それどころじゃなかったし、音源は別で聴けたし、
まあ別に映像はいいかなーと
特に悔しい気持ちもありませんでした。
その後、晴茂くんが亡くなって、
ネットに高額で出品されるようになって。
曽我部さん、再発売しました。
(再結成後はずっと曽我部さん自身の会社からのリリースです)
それで私も買ったのですが、
観る気になれずにずっとしまっていました。
観たら終わってしまう、という気持ちも少しありました。
だからこの夏に観た映画でその映像が流れた時は
ドキッとしてしまいました。
そして、ちゃんと観ようと思いました。

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「3人にしかできない音楽」。
まさにそれでした。
昔のピリピリした感じはなくなりましたし、
何より曽我部さんの歌い方がずいぶん変わりましたが、
これは紛れもないサニーデイ・サービスの音でした。
音源は聴いてたんですけど、映像を観るとまた少し違います。
晴茂くんはやっぱりミュージシャン然としてなくて、
キャスケットを深く被っているので表情も分かりづらい。
ただただドラムを叩いてました。
ギリギリまで中止にするか迷い、
いつドラムが止まるか分からない状態だったそうですが、
25曲叩いた晴茂くんを見ていると、
どうにかならなかったのかな、つい思ってしまいます。
でも、映画でサポートの新井仁さんが言っていたように、
みんなやれることはやった、それが全てなんでしょうね。
私に何が分かるねんって話です。
ただ、できて本当によかった。誰にとっても。


大学生の時、バイトをしては長期休暇に海外へ行ってました。
いつも90~100分くらいのカセットテープに
いろんな人のいろんな曲をダビングして
小さなラジカセを一緒に持って行きました。
曲目は毎回変わりますが、最後の曲だけいつも同じでした。

「24時のブルース」 1998年(YouTube)

この曲は生ドラム以外にずっとリズムボックスが流れていて
( どうやらリズムボックスに合わせて録った
ギターと歌のデモテープがそのまま使われたようです)
ピアノも入り、壮大なストリングスも入っています。
曽我部さんのこだわりが強くなり始めていて、
晴茂くんのドラムは何度も録りなおしたそうです。

下は渋谷公会堂のライブ。
リズムボックスはなく、ベース、ギター、ドラム、ヴォーカルのみ。
昔は3人だけで「24時のブルース」をやるなんてなかった、
確か何かでそう読んだことがあります。
危うげだけど、スネアドラムのリムを叩くリズムと音が
とっても心地よいです。

「24時のブルース」 2015年ライブ(YouTube)




スギウラさん

こんなに暑いのに、
お店にはもう長袖の秋物がメインで並んでるし、
スーパーの和菓子コーナーには
「秋の訪れ」なんて置いてる。
暑いのはしんどいけど、
もうちょっと夏を楽しもうよーと思ってしまいます。


私はサニーデイ・サービスの7枚目のアルバム
「LOVE ALBUM」が嫌い。
嫌いという表現は違うかもしれなくて、タブーなアルバム。
いろんなことを抜きにして、
サニーデイ・サービスというバンドを知らずに聴いたら
きっととてもいいアルバムなんだと思う。
評価は高いし、吉本ばななさんが大絶賛してましたね。
ただ、その前から、2人脱退して晴茂くんが加入して
3人になったサニーデイ・サービスの
「隙間だらけの3人の音」に魅了されていた私にとっては、
嫌な予感しかしないアルバムでした。
スリーピースバンドとして機能していないことが分かる、
一体誰のアルバムだろうという感じでした。
クレジットの書き方も今までと違って、
参加したメンバーがずらずらと並んでいるだけ。
それはなぜかというと
晴茂くんがほとんど叩いていないからなんでしょうけど。
あの時の胸のざわつきを今でも覚えているから、
そしてそのざわつきが現実になってしまったから、今も聴けない。
2000年12月、「LOVE ALBUM」ツアー最終日に突然の解散。
あの時は本当にこれでもう終わってしまったんだと、
私だけでなく誰もが思ったと思う。
まさか未来に「続き」があるなんて想像もできない
後味の悪過ぎる唐突な終わり方でした。

「LOVE ALBUM」のプロデューサーは3人でした。
クレジットには「高野勲、杉浦英治、曽我部恵一」とある。
曽我部さんが3人目なのも違和感ありましたが、
この「杉浦」って人は誰なんだろうと当時から思っていました。
高野さんは知ってる。
サポートメンバーで私が行ったライブでもキーボード弾いてました。
この「杉浦」という人がアルバム前にリリースされたシングル
(この段階で田中さんと晴茂くんの存在が薄くなっていた)
にも関わっていて、この人が介入してきたことも
バンドが崩壊した一因なのでは?という
何の根拠もない、もやっとした妄想が私の中にありました。
今みたいにすぐに検索できるような時代でもなかったですし、
「検索してみよう」という感覚すらまだなかった頃の話です。
そして数年後、私はこの人が誰かを知りました。
元エレクトリック・グラス・バルーンのギター・ヴォーカルだった人。
曲は知りませんでしたがバンド名は聞いたことがある。
そして、実は晴茂くんはこのバンドの初代ドラマーだったのです。
晴茂くんはサニーデイ・サービスよりも前に
すでにメジャーデビューをしていたと初めて知りました。
そして脱退というよりもクビに近い形でこのバンドを辞めたようでした。
もう終わったことですし、考えても仕方のないことでしたが、
「この杉浦さんって人と晴茂くんってどういう関係で、
なぜサニーデイ・サービスの作品にこの人が関わってきたのか」
もやもやとしたものがありました。
ただ、晴茂くんが療養中に発売された北沢夏音さんのインタビュー集で
晴茂くんが何度か「英治が」と杉浦さんの名前を出していて、
さらに高校時代からの遊び友達だということが分かりました。
なぜか勝手に敵意のような気持ちを持ってしまっていた
「杉浦さん」は晴茂くんの親友だったのです。
晴茂くんが亡くなった時、一部の音楽業界以外では
大きく取り上げられることはありませんでしたが、
ネットニュースのコメント欄などを見ると
「杉浦のSNSで知った」と書いている人たちがいました。
私が今回、ドキュメンタリー映画が上映されると知って、
「絶対に観に行こう」と思ったひとつの理由は、
出演者の名前に「北沢夏音」と「杉浦英治」の名前があったからです。
北沢さんは大好き。
このライターさん、無口な晴茂くんから言葉を引き出すのが上手すぎる。
私が数年前に書き続けたことと同じようなことを書かれているんですが、
その表現の秀逸さったらありません。
ライターさんにも「ビート」があります。
そして、杉浦さん。
一般的な知名度は低いですが、
その後も曽我部さんの作品に参加していたり、
DJ、プロデューサーとして現在も大活躍中の人。
でも私はよく知らないし、この人が何を語るのか、すごく知りたかった。
上映が近づいて「予告編」が公開された時、
「晴茂が俺の周りではいちばんのロックスターでしたね」
と言っている人がいて、
声だけだったので誰か分からなかったのですが
「きっと杉浦さんだ」と思ったんです。
そしてその通りでした。
本編ではその後に「破天荒」と言って笑っていましたが、
その様子は友達のそれでした。
映画を観終えて、ひとつ思ったのは
「LOVE ALBUM」はバラバラになっていく3人を
見ていられなかった人たちが集まってできたんじゃないかということ。
当時から、部外者ばっかりなんでこんなに・・・と思っていましたが、
3人に手を差し伸べた人たちでできたのかもしれません。
曽我部さんの言葉、
「無理に作ったアルバム」「周りが作ってくれたアルバム」も
少し分かったような気がしました。

映画を観てから杉浦さんのSNSにアクセスしてみました。
2018年まで遡ると、曽我部さんが発表した同じ日に
「晴茂が亡くなりました」とありました。
「サニーデイ・サービスの」でもなく、「元バンドメンバーの」でもなく、
「高校からの友達の」。
自分の知っている誰よりも真摯で純粋なロックンローラーでした、と。
一緒に過ごした時間は自分の青春のほとんど、と。
2018年当時になぜ見に来なかったのかな。
どこかで勝手にこの人のことを嫌い続けてたんですね、きっと。
2000年10月に「LOVE ALBUM」のクレジットを見た時から。

帰りに映画のパンフレットを買いました。
これがもう映画に関係あるのかないのか分からないような
自由過ぎるエッセイ寄せ集めみたいで。
とっても面白かったです。
最後の方に、出演者とパンフレットへの寄稿者の
写真とプロフィールが載っていました。
そこに晴茂くんの名前はなし。
確かに出演はしていたけど、昔のライブ映像や写真だけで
喋った言葉は「おはようございます」くらいのもので、
バンドについて語るシーンなどは一切ありませんでした。
もうこの世にいないので当然寄稿はありません。
でもちょっと載せてくれてもいいのになーなんて思いました。
最後に監督のあとがきがあって、空白のページがあって、
最後の最後のページの真ん中に
名刺くらいのサイズの写真が。
制服の夏服を着た、高校生らしき男の子が
水鉄砲をカメラに向かって構えて笑ってる。
当時の流行りでパーマかけた髪をばっちりセットしているので
一瞬誰か分からなかったけど、これ晴茂くん。
高校生の頃の写真なら、提供者は杉浦さんかな?
そんなことを思ったら涙が止まらなくなりました。



2023年7月21日のこと

大阪上映初日に映画館へ行ってきました。

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上映の2日前からネット予約が可能だったので、
発売開始から1時間くらい経った午前1時ごろに
席を買いました。
その段階で私は2人目。
なんとなくどんな人が初めに取ったのか気になって、
当日その席をチラッと見たら。
テープ巻かれて座れないようになっていました。
壊れてるか何かで使用不可だったんですね。
なので私が1人目だったことになります。
私が買った席は一番後ろの一番端っこ。
100席程度のシアターですし、後ろでも端っこでも
見にくいことはないやろと思い、
いちばん落ち着ける座席を選択しました。

薬を飲んで、待ち時間が苦手な私は上映時間10分前に到着。
中に入るとお客さんは20人程度。
私の見たかぎりでは、皆さん40歳~50歳くらい。
男性が多く、一人で来ている人がほとんどだったと思います。
混んでいない、落ち着ける席でじっくり観ることができました。
上映時間は2時間25分。
あっというまでした。
始めに発表があった時には3時間とのことでしたが、
長すぎるので編集されたようです。
でも、3時間でも余裕で観れた気がする。
「おかあさーん」と声を掛けられることもなく、
2時間半もサニーデイ・サービスに没頭することができて、
本当に貴重な時間でした。

内容は、思ってたよりもとっ散らかってました。
6年前かな?発売された北沢夏音さんの本の方が、
ずいぶん赤裸々で生々しかったし、
今回の映画はある程度の年表が頭に入っている人にしか
分からなかったかもしれません。
でも、それでよかった。
30年分をきれいにまとめるなんてあり得ないし。
書きたいことがいろいろあるのですが、
今日は、とあるライターさんのレビューを貼っておきます。
同じことばかり感じたわけではありませんが、
(特に現在の私はサニーデイ・サービスと一緒に歩いていないですし、
海賊の話も北沢さんの内容とニュアンスが違うなーと思いますが)
昔、間違いなく同じ風景を見ていた人だと思います。
私ってすごく90年代を生きてたんやなぁなんて思います。

↓こちらがレビュー
https://turntokyo.com/features/movies-document-sunny-day-service/


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前回書いた、声の主は杉浦英治さんでした。
そんな気がしてました。
それについてはまた。
私のことなので、書くかどうかはわかりませんけど。



おめでとう、ありがとう

また改めて書くかはわかりませんが、
今日は今のこの気持ちを少しだけ。

今晩、ひろくんデビュー35周年記念のラストライブを
配信で観ました。
単純な言葉しか出て来ないのが悔しいですが、
感動しちゃったなー。

前々回の記事かな?
ひろくん、療養期間終わってすぐにライブ復帰したから、
軽かったのかな、それとも昔みたいに無理したのかな
って書いたんですよね。
私がしんどかったから。
でも、どっちも違いました。
復帰初のライブ、辛くて楽しかったって。
過酷な時ほど燃えた、7人でいた頃みたいだったって。
ひろくんって話をオーバーにする人じゃないんですよ。
計算せずに話すというか、狙ったところがないというか、
10代の頃から空気読まないくらい本音をポロっと言ったり。
そこも魅力のひとつで間違いないんですけど。
僕らほんとに一生懸命だった、
いつものおっとりした口調でボソッとそう言ったのが
すごく印象的でした。

デビュー記念だからアンコール以外光GENJIの曲でした。
Groovin’Night、もっと近づきたい、CANDY GANG、
銀の風、THE WINDY、STAR LIGHT、荒野のメガロポリス、
太陽がいっぱい、パラダイス銀河、勇気100%、COCORO、
Meet Me、WINNING RUN、ガラスの十代、
愛してもいいですか、愛だけ・・・、天使が天へ帰る日、
BOYS IN AUGUST
自分でメモしたセットリスト。
観ながらだったので抜けてるのがあるかもしれませんが。

アーカイヴで何度でも観れるんですが、
やっぱり同じ時間を共有できたことがよかったなー。
今度は同じ空間も共有できるようになるといいなー。
本当はもっともっと思ったことがあって、
もっともっと書きたいんですけど。
とても素敵な2時間で、ひろくんはやっぱり素敵な人でした。
デビューから35年。
途中離れていたメンバーもいますが、
現在7人ともそれぞれステージに立っていることが
嬉しいです。



プロフィール

りるび。

Author:りるび。
男の子3人の母。パニック障害発症から20年。11年間の断薬を経て、新たにパニック障害と向き合う。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。
長男(マル太):何かと器用で飄々とした高校1年生。
次男(セン次):中学1年生。支援学級在籍。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):小学4年生。おませで口達者で甘えん坊。

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