あと1回

セン次の小学校生活が始まって、
体調不良が続いて、
あと1回で完結させるはずだった
サニーデイの記事を放置しています。
誰のためでもないから、別にそれでもいいんですが、
あと1回を残し続ける無様なカンジ。私らしい。
その間にサニーデイに動きがあり、
はっきり言って私はがっかりしてるわけなんですが。
がっかりできることこそ青春してる証拠というか、
私の感覚はやっぱり戻ってるなと思います。
私にとってサニーデイはスターではないから、
がっかりすることにがっかりしたりしない。

で、これが残り1回の記事ではありません。
8月末にこんなのが発売になると知って。



すでに予約しました。
これ読んじゃうと私の中で何かが変わる可能性もあるので、
これを読む前、つまり8月末までには
残り1回をなんとか記事にしたい!と思っています。
こんだけのびのびになったから
もうきれいにまとまりはしないですけど・・・



さて、明日からマル太もセン次も夏休み!!




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青春回顧録24

さて続き。

青春回顧録23は、無理に書いた感じがします。
なんか急にしんどくなった。
なんでこんなにしんどいのかと思ったら、
回顧録のはずがもう「回顧」の段階じゃなくなってるからだと
気が付きました。
「今」のことを書くのはとてもしんどい。
サニーデイのことは人には話さない、
そういう本来の自分になってしまっているから。

先日夜、ふとんの中で耳にイヤホンを突っ込んで、
私が学生の頃に海外旅行へ行く際に必ず持って行った
サニーデイのある曲を聴きました。
いつも90分テープとかにその時好きな曲を入れて行くのですが、
その曲は毎回テープのいちばん最後に入れて持っていきました。
それを聴きながら、なぜかボロボロ泣けてきてしまいました・・・
当時のいろんなことを思い出して懐かしいとかそんなんじゃなく。
むしろその反対で、私は今これが好きだと思いました。
そして、この回顧録を書いたことをめちゃくちゃ後悔しました。
言葉にならないことを言葉にしようとした私は
なんちゅうアホなんやろ、と。
こうやってひとりで聴いて胸がふるえたら、
それが全部なのに何してんねやろ、と。
最後までやらなくても誰にも迷惑かけないし、
誰も困らないし、「もう止めます」で終わろうと思いました。

・・・でもまあ、とにかく最後まで行こうかな。
誰のためでもないし、自分のためとも思えないし、
最初はただの自己満足のためだと思っていたけど、
もはやそうとも思えなくなってしまってるけど。
ただひとつ確実に言えるのは、
私のブログを読みに来てくださる方に
サニーデイをお薦めしようとか、
素敵なバンドでしょ?って共感を求める目的だけは
全くなかったですし、今もないです。
そんなことはダンナのテンにもしません。
もう何でもいい。理由とかどうでもいい。とりあえずやろう。
美しい終わり方なんてできなくていいし。

「昔のファンとかほんとどうでもいいんだよね」
この回顧録を書いている昨年11月頃、
ある対談で曽我部さんのその言葉を聞きました。
独り言みたいに呟いたので、リアリティありました。
今なんて言った?って感じだったのですが・・・
同時になんだか嬉しくて興奮する私。
やっぱり!!そんなん苺畑聴いた時からわかってるし!
10th聴いたら確信したし!って。
昔のファンの存在自体が
どうでもいいってことじゃないことぐらいわかる。
ノスタルジーはもうおしまいってことだなと思う。
サニーデイは本気でまた青春してるってこと。
だから私も引き戻されたわけだし。

昨年春頃、2ndアルバム『東京』20周年を記念して、
ライブが行われました。晴茂くんは出ていません。
初恋の嵐の鈴木さんがサポートドラマーだったようです。
ある音楽ライターの記事を読んだのですが、
そのライブ中、一度もMCを挟むことはなく、
最後はギターを投げ捨てるようにして
曽我部さんは退場していったそうです。
一体何を怒ってるんだという感じだったそうですが、
その曽我部さんを見送る観客の顔が
「それでこそ曽我部だ」とでも言うように満足気だったとか。
で、後に曽我部さんはそのライブを振り返って、
やってよかったと言っていました。
「『東京』でやられました」と言ってくれた人たちの
今の顔をちゃんと見れて、もう『東京』は終わりだ、
もうこれでおしまいだと思えたから、と。
ファンの人たちにはそれがちゃんと伝わってたってことでしょうか?
その話の後に、ぽつりと呟いたのがさっきの言葉です。

20年前、私が雑誌で読んだ
「ずっと『東京』みたいなことやってれば
喜んでもらえるのかもしれないけど、
そんなことやってられない」と言った、
その曽我部さんの言葉を思い出しました。
ずいぶん突き放したものの言い方をする人なんだなと
その時思って、この人たちのインタビューを読むのはこわいな、
と感じたんですが。
その言葉に今、20年越しで感動している自分がいます。
上手く説明できないんですが、
サニーデイって過去と現在を行き来している
と思う瞬間があるんですよね。
何かと何かが「対」になってるみたいな。
何かが何かに呼応しているみたいな。
何かが何かの伏線になってるみたいな。
こじつけならこじつけでいいし、
気のせいなら気のせいでいいんですが。
サニーデイはやっぱりサニーデイなんだなと
思う瞬間があるのは確かです。
変わらないものはどうしたって変わらない。


次回で終わりにできると思います。
たぶん・・・





青春回顧録23

先日、あるお誘いがあり、
何年振りかわからないくらい久しぶりに
夜の梅田へ一人ででかけました。
しかも土曜日。
自宅の最寄り駅に入るとドキドキ緊張してきてしまい、
ああ私ってやっぱりパニック障害の人なんやな・・・
と改めて実感。
苦手な地下鉄の中ではサニーデイを聴こうと思っていたのですが、
不思議なもんで電車の中ではサニーデイは聴く気にならない。
絶対部屋で聴く!なんて決めたことはないのですが・・・
なぜか聴けない。なんか違う。
というわけで、行きも帰りもキリンジを聴きながら。
久しぶりの茶屋町、全然変わってませんでした。
繁華街の風景って意外と変わらないもんなんですね。

さて続き。
続きなんですが、困ったことにというかなんというか、
着地点が見つからないんです。
こんだけ書いてきて間抜けな話なんですが、
で?結局何?って感じで終わっていきそうな予感・・・
今日は一段とまとまりのない内容になりそうです。

前回、10thが苦労の末にできたってことを書いたのですが、
私が仕入れた情報を要約して書いてしまうと
なんだかそれがこのアルバムの「売り」
みたいになってしまうのですが、そんなことは決してなく。
曽我部さんは聞かれたから何でも答えた、というだけで
そんなことより「今、ダンスミュージックがいちばんいいんだ」
ってことを熱く語ってらっしゃいました。
そして、10th聴いてから10th聴いてからと言い続けた私ですが、
じゃあこのアルバムが10枚の中で特別なのかというと
そんなわけでもなく、「10th最高!!」とかも正直思っていません。
好きです。もちろん。
前回書いたように田中さんのベース、すごい好き。
何回も何回も聴きましたし。
衝撃も大きかったし。

円満でなければ家族じゃないとか、
とても重要な何かが欠落しても家族じゃないってことにはならない、
バンドもそれと同じ、曽我部さんがそう言っていました。
せーので演奏するからバンドってわけじゃないとわかったと。
晴茂くんがいない状況の中でも
サニーデイはどこまでいってもこの3人なんだって。
どんなにいびつでも、決定的な欠落があっても。
晴茂くんが来なくなって、
もうこのアルバムは完成しないかもしれないと思いながら、
自分でドラムを叩いたり「ソロ以上にソロ」な作業が続く中で、
「きみがいないことは きみがいることだなあ」
と感じた瞬間があったそうです。
桜の木の下でわんちゃんのお散歩をしながら。
いないことでより濃くなる影。
彼はいないのにバンドを動かし続けるんだなという。
そしてそこから一気に制作が進んだそうです。

不思議なんですけど。
10thアルバムは新境地に違いないんですが、
ちゃんとサニーデイなんですよね。
晴茂くんいないのに。
(そして、もしも晴茂くんがそのままいたなら
この新境地にはたどり着かなかっただろうなという
なんとも言えないジレンマ・・・)
サニーデイのサウンドがどうしてもサニーデイらしくなるのは
良くも悪くもドラムのせい、丸山のドラムはサニーデイそのもの、
そんな言われ方されることだってあるのに。
(それは好意的な意味だけじゃなくって、
晴茂くんはサニーデイらしいドラムしか叩けない
という意味も含まれているわけですが)
そこをどう受け止めたらいいのかよくわからないんですが、
それが「きみがいることだなあ」ということなんだなと思います。
これはサニーデイの作品。
曽我部さんがいればサニーデイ、なんてことがあり得ないのは、
解散と再結成を通じて本当に本当によくわかったのに、
これはサニーデイの作品。
でもでも、晴茂くんいなくてもサニーデイだ、
なんてことを受け入れることは私にはできない。
今回のアルバムはちゃんとサニーデイだと感じると同時に
わかったことがある。
晴茂くんの音は晴茂くんにしか出せないんだなということ。
当たり前のことかもしれないけど。
その特性の強さを改めて知らされた。
そして、昔のアルバムを引っ張り出して
ドラムに集中して聴いてみたりとか。
こんな行為も「きみがいることだなあ」なんだなと思いながら。
で、結局たどり着いたことと言ったら・・・
私はサニーデイのサウンドを本当に愛してきたんだなということ。
着地点は結局そこだったりするのかな。
すんごいありふれてるけど。
まあ、無理に着地しようとしなくてもいいのかな。


あと、1回か2回。
それでなんとか完結させたいと思っています。
もういい加減長いし(笑)





青春回顧録22

マル太も春休みに入ったんですが・・・
1学期同様、風邪で休んだまま長期休暇に入ってしまいました。
しかも今回は3学期。
新学期はクラス替えがあるので、休んだままクラス解散です。
修了式の日の連絡帳に本人から一言、
クラスの皆へのメッセージを書きました。
「さい後の日に来れなくて残ねんだけど、一年間ありがとう」
先生が皆に伝えてくださったそうです。
そして私は、作品やらお道具箱やら体操服やら給食エプロンやら
体育館シューズやら上靴やら歯ブラシやら通知表やら
その他何やらの大荷物を、放課後引き取りに行きました。
マル太、もうすっかり元気です。

さて。
セン次の卒園があって、2週間も開いてしまいましたが。
まだ終わってないんです。

2016年の夏です。
10thアルバムがリリースされました。
このアルバムを聴いたことで
私はこんな長い回顧録を書くことになったわけなんですが。


10thアルバム『DANCE TO YOU』(2016年8月、9曲)

ジャケットのイラストは永井博さん。
1週間くらい遅れて手にしたアルバム。
はじめにクレジットを見ました。
久しぶりに曲ごとに書かれてる。
で、晴茂くんがたった2曲しかいない。
思い出すのは解散前の7thアルバム『LOVE ALBUM』。
胸がざわざわする。
でも大きく違うのは、あの時3人の名前の後に
演奏に参加した外部ミュージシャンの名前が
12人もずらずらと並んでた。
今回は0人。
2曲晴茂くんがドラムを叩き、
全ての曲のベースが田中さんで、
あとの演奏は何もかも曽我部さん。
鍵盤とかストリングスとかホーンとか、
いつも何かで外部の人がいたのに、
0人なんて初めて。
何?この心細い感じは。

中身を聴いたら、いろんな気持ちになった。
難産だったに違いない。
昔みたいに苦しんでできたに違いない。
サニーデイが本気になった。
でもじゃあ8thと9thは?どう受け止めればいいの?
晴茂くんがいないのに、しっかりサニーデイ。
これもどう受け止めればいいの?
面食らいまくりながら、繰り返し聴く。
そうやって聴きながら、
私の中でサニーデイは思い出のバンドなんかじゃなくなった。
サニーデイのことが頭から離れなくなった。
昔のいろんなことを思い出した。
すっかり忘れてたようなことまで。
でもそれは、懐かしいねなんかじゃなくて。
だから思い出したというよりは、
20歳前後の私に引き戻されたみたいに蘇ったんだと思う。
そして勝手なもので、思い出じゃなくなったら
晴茂くんがいないことに急にオロオロとしてしまう。
2000年みたいに。

『I'm a boy』(『DANCE TO YOU』から)
心細くなれる、不安になれる、
って言ったらおかしいのかもしれませんが、そんな曲。
遠い昔に経験したことのある気持ちに引き戻される感じ。
ドラムは曽我部さんによる打ち込みのようです。



『セツナ』(『DANCE TO YOU』から)
ソロやソカバンで歌うような(全部聴いたわけじゃないですけど)
日常のあたたかいものとか社会風刺的な要素のあるものから
かけ離れたところにある曲だと思う。
私がソロやソカバンをどうしても好きになれないように、
ソロやソカバンを好きな人には
どうしてもサニーデイを好きになることはできないんじゃないかと思う。
作詞・作曲同じ人なのに不思議ですが、
それがバンドということなんでしょうね、たぶん。
ドラムは曽我部さん。
昔、「晴茂くんらしいとかない」「できなければ他の人が叩く」
そんなふうに言った曽我部さんが
晴茂くん不在の今、自ら晴茂くんぽく叩いてる。
(MVのインパクトがちょっと強いんですが。2回あるし。
3人揃うまでは本人たちが出演することはないのかなと思います)



このアルバムは途中から制作費がなくなり、
レコーディングスタジオを借りることができず、
練習用スタジオにパソコンなどを持ち込んで録ったものを
曽我部さんが自宅で作業したりを繰り返して完成したそうです。
自宅で録ったりもあったとか。
それから、フワフワした印象だった苺畑が、
アルバムの中ではピタッとはまって聴こえました。
そして私はアルバム通して、田中さんのベースがとても好き。
やっぱり雨ニモ負ケズだと思う。


長いので次回に。





青春回顧録21

3学期。
行事だらけ、用事だらけ。
洗濯物も洗い物も部屋のほこりも溜まっていく。
家事が滞るというのは主婦の心を乱すもので・・・

さて。
『Sunny』から1年数カ月後、
晴茂くんの離脱が発表される直前の2016年1月、
シングルがリリースされました。
私はYouTubeのMVでその曲を聴きました。
あれ?全然『Sunny』じゃなくなってる。
昔のファンに向けてでもないし、
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」でもない。
でもまあ、再結成から8年。
解散していた8年と同じだけ月日が流れたわけだし、
そうなって当たり前?なのかな?
それにしても『Sunny』は日常的な詞だったのに対して、
ずいぶんフワフワした印象。
見たこともないこんな街で知らない誰かを探してる・・・

初めて聴いた時は、
そんなに好きだとも思わなかったというか、
なんだか面食らってしまった曲だったのですが
気づけば何度再生したかわからない。
イントロが流れる度に
ケンゾーに「またぁ?」と言われるようになりました。
この曲のカップリングを聴いてみたい、
確かにそう思ってオンラインショップまで行ったのに、
結局買わなかった。
私はまだ鈍ってたんですね。

晴茂くんのことを知っても私はまだ鈍ってた。
いろんなことがあって、いろんな人がいる。
そう思えばいろんなことを受け入れられる。
大人になってしまってたんだなと今わかります。

『苺畑でつかまえて』
ドラムは晴茂くん。
曽我部さん、秋にできた曲って言ってたけど、
夏の終わりにはライブに出なくなっていたので、
この頃はもうかなり調子が悪かったんだろうと思う。



サニーデイは『Sunny』の後、
そのままの良い雰囲気で
次のアルバム制作に取り掛かったそうです。
そしてほとんど完成していたそうですが、
「こんなの前にもあったな」となり、
一度白紙に戻すことになったとか。
そこから苦しいアルバム作りが始まったようです。

自転車操業の個人レーベルなのに、
マメにあったソロもソカバンもリリースなし。
ソカバンはライブ活動もしなくなっていて
(ダブルオーテレサが再結成したこともあると思いますが。
メンバーのうち、2人はダブルオーテレサなので)、
いつの間にか曽我部さんはサニーデイに拘るようになってた。
懐かしいね、楽しいね、じゃなくなっていったんだと思う。
そしてリリースがないからレーベルの経営も危うくなっていき、
サニーデイのレコーディングは何十曲やっても
完成が見えてこない状況で制作費もなくなり、
そして何より一人脱落者が出てしまう。
サニーデイはいつも生々しい。
解散前のエピソードもそうだけど。
苺畑聴いた時には
もちろんそんなことは何も知らなかったんですが。
私だけじゃなくて、誰も知りようがない話です。






プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。何かと器用で飄々とした小学4年生。
次男(セン次):7歳。小学1年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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