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青春回顧録24

さて続き。

青春回顧録23は、無理に書いた感じがします。
なんか急にしんどくなった。
なんでこんなにしんどいのかと思ったら、
回顧録のはずがもう「回顧」の段階じゃなくなってるからだと
気が付きました。
「今」のことを書くのはとてもしんどい。
サニーデイのことは人には話さない、
そういう本来の自分になってしまっているから。

先日夜、ふとんの中で耳にイヤホンを突っ込んで、
私が学生の頃に海外旅行へ行く際に必ず持って行った
サニーデイのある曲を聴きました。
いつも90分テープとかにその時好きな曲を入れて行くのですが、
その曲は毎回テープのいちばん最後に入れて持っていきました。
それを聴きながら、なぜかボロボロ泣けてきてしまいました・・・
当時のいろんなことを思い出して懐かしいとかそんなんじゃなく。
むしろその反対で、私は今これが好きだと思いました。
そして、この回顧録を書いたことをめちゃくちゃ後悔しました。
言葉にならないことを言葉にしようとした私は
なんちゅうアホなんやろ、と。
こうやってひとりで聴いて胸がふるえたら、
それが全部なのに何してんねやろ、と。
最後までやらなくても誰にも迷惑かけないし、
誰も困らないし、「もう止めます」で終わろうと思いました。

・・・でもまあ、とにかく最後まで行こうかな。
誰のためでもないし、自分のためとも思えないし、
最初はただの自己満足のためだと思っていたけど、
もはやそうとも思えなくなってしまってるけど。
ただひとつ確実に言えるのは、
私のブログを読みに来てくださる方に
サニーデイをお薦めしようとか、
素敵なバンドでしょ?って共感を求める目的だけは
全くなかったですし、今もないです。
そんなことはダンナのテンにもしません。
もう何でもいい。理由とかどうでもいい。とりあえずやろう。
美しい終わり方なんてできなくていいし。

「昔のファンとかほんとどうでもいいんだよね」
この回顧録を書いている昨年11月頃、
ある対談で曽我部さんのその言葉を聞きました。
独り言みたいに呟いたので、リアリティありました。
今なんて言った?って感じだったのですが・・・
同時になんだか嬉しくて興奮する私。
やっぱり!!そんなん苺畑聴いた時からわかってるし!
10th聴いたら確信したし!って。
昔のファンの存在自体が
どうでもいいってことじゃないことぐらいわかる。
ノスタルジーはもうおしまいってことだなと思う。
サニーデイは本気でまた青春してるってこと。
だから私も引き戻されたわけだし。

昨年春頃、2ndアルバム『東京』20周年を記念して、
ライブが行われました。晴茂くんは出ていません。
初恋の嵐の鈴木さんがサポートドラマーだったようです。
ある音楽ライターの記事を読んだのですが、
そのライブ中、一度もMCを挟むことはなく、
最後はギターを投げ捨てるようにして
曽我部さんは退場していったそうです。
一体何を怒ってるんだという感じだったそうですが、
その曽我部さんを見送る観客の顔が
「それでこそ曽我部だ」とでも言うように満足気だったとか。
で、後に曽我部さんはそのライブを振り返って、
やってよかったと言っていました。
「『東京』でやられました」と言ってくれた人たちの
今の顔をちゃんと見れて、もう『東京』は終わりだ、
もうこれでおしまいだと思えたから、と。
ファンの人たちにはそれがちゃんと伝わってたってことでしょうか?
その話の後に、ぽつりと呟いたのがさっきの言葉です。

20年前、私が雑誌で読んだ
「ずっと『東京』みたいなことやってれば
喜んでもらえるのかもしれないけど、
そんなことやってられない」と言った、
その曽我部さんの言葉を思い出しました。
ずいぶん突き放したものの言い方をする人なんだなと
その時思って、この人たちのインタビューを読むのはこわいな、
と感じたんですが。
その言葉に今、20年越しで感動している自分がいます。
上手く説明できないんですが、
サニーデイって過去と現在を行き来している
と思う瞬間があるんですよね。
何かと何かが「対」になってるみたいな。
何かが何かに呼応しているみたいな。
何かが何かの伏線になってるみたいな。
こじつけならこじつけでいいし、
気のせいなら気のせいでいいんですが。
サニーデイはやっぱりサニーデイなんだなと
思う瞬間があるのは確かです。
変わらないものはどうしたって変わらない。


次回で終わりにできると思います。
たぶん・・・





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青春回顧録23

先日、あるお誘いがあり、
何年振りかわからないくらい久しぶりに
夜の梅田へ一人ででかけました。
しかも土曜日。
自宅の最寄り駅に入るとドキドキ緊張してきてしまい、
ああ私ってやっぱりパニック障害の人なんやな・・・
と改めて実感。
苦手な地下鉄の中ではサニーデイを聴こうと思っていたのですが、
不思議なもんで電車の中ではサニーデイは聴く気にならない。
絶対部屋で聴く!なんて決めたことはないのですが・・・
なぜか聴けない。なんか違う。
というわけで、行きも帰りもキリンジを聴きながら。
久しぶりの茶屋町、全然変わってませんでした。
繁華街の風景って意外と変わらないもんなんですね。

さて続き。
続きなんですが、困ったことにというかなんというか、
着地点が見つからないんです。
こんだけ書いてきて間抜けな話なんですが、
で?結局何?って感じで終わっていきそうな予感・・・
今日は一段とまとまりのない内容になりそうです。

前回、10thが苦労の末にできたってことを書いたのですが、
私が仕入れた情報を要約して書いてしまうと
なんだかそれがこのアルバムの「売り」
みたいになってしまうのですが、そんなことは決してなく。
曽我部さんは聞かれたから何でも答えた、というだけで
そんなことより「今、ダンスミュージックがいちばんいいんだ」
ってことを熱く語ってらっしゃいました。
そして、10th聴いてから10th聴いてからと言い続けた私ですが、
じゃあこのアルバムが10枚の中で特別なのかというと
そんなわけでもなく、「10th最高!!」とかも正直思っていません。
好きです。もちろん。
前回書いたように田中さんのベース、すごい好き。
何回も何回も聴きましたし。
衝撃も大きかったし。

円満でなければ家族じゃないとか、
とても重要な何かが欠落しても家族じゃないってことにはならない、
バンドもそれと同じ、曽我部さんがそう言っていました。
せーので演奏するからバンドってわけじゃないとわかったと。
晴茂くんがいない状況の中でも
サニーデイはどこまでいってもこの3人なんだって。
どんなにいびつでも、決定的な欠落があっても。
晴茂くんが来なくなって、
もうこのアルバムは完成しないかもしれないと思いながら、
自分でドラムを叩いたり「ソロ以上にソロ」な作業が続く中で、
「きみがいないことは きみがいることだなあ」
と感じた瞬間があったそうです。
桜の木の下でわんちゃんのお散歩をしながら。
いないことでより濃くなる影。
彼はいないのにバンドを動かし続けるんだなという。
そしてそこから一気に制作が進んだそうです。

不思議なんですけど。
10thアルバムは新境地に違いないんですが、
ちゃんとサニーデイなんですよね。
晴茂くんいないのに。
(そして、もしも晴茂くんがそのままいたなら
この新境地にはたどり着かなかっただろうなという
なんとも言えないジレンマ・・・)
サニーデイのサウンドがどうしてもサニーデイらしくなるのは
良くも悪くもドラムのせい、丸山のドラムはサニーデイそのもの、
そんな言われ方されることだってあるのに。
(それは好意的な意味だけじゃなくって、
晴茂くんはサニーデイらしいドラムしか叩けない
という意味も含まれているわけですが)
そこをどう受け止めたらいいのかよくわからないんですが、
それが「きみがいることだなあ」ということなんだなと思います。
これはサニーデイの作品。
曽我部さんがいればサニーデイ、なんてことがあり得ないのは、
解散と再結成を通じて本当に本当によくわかったのに、
これはサニーデイの作品。
でもでも、晴茂くんいなくてもサニーデイだ、
なんてことを受け入れることは私にはできない。
今回のアルバムはちゃんとサニーデイだと感じると同時に
わかったことがある。
晴茂くんの音は晴茂くんにしか出せないんだなということ。
当たり前のことかもしれないけど。
その特性の強さを改めて知らされた。
そして、昔のアルバムを引っ張り出して
ドラムに集中して聴いてみたりとか。
こんな行為も「きみがいることだなあ」なんだなと思いながら。
で、結局たどり着いたことと言ったら・・・
私はサニーデイのサウンドを本当に愛してきたんだなということ。
着地点は結局そこだったりするのかな。
すんごいありふれてるけど。
まあ、無理に着地しようとしなくてもいいのかな。


あと、1回か2回。
それでなんとか完結させたいと思っています。
もういい加減長いし(笑)





青春回顧録22

マル太も春休みに入ったんですが・・・
1学期同様、風邪で休んだまま長期休暇に入ってしまいました。
しかも今回は3学期。
新学期はクラス替えがあるので、休んだままクラス解散です。
修了式の日の連絡帳に本人から一言、
クラスの皆へのメッセージを書きました。
「さい後の日に来れなくて残ねんだけど、一年間ありがとう」
先生が皆に伝えてくださったそうです。
そして私は、作品やらお道具箱やら体操服やら給食エプロンやら
体育館シューズやら上靴やら歯ブラシやら通知表やら
その他何やらの大荷物を、放課後引き取りに行きました。
マル太、もうすっかり元気です。

さて。
セン次の卒園があって、2週間も開いてしまいましたが。
まだ終わってないんです。

2016年の夏です。
10thアルバムがリリースされました。
このアルバムを聴いたことで
私はこんな長い回顧録を書くことになったわけなんですが。


10thアルバム『DANCE TO YOU』(2016年8月、9曲)

ジャケットのイラストは永井博さん。
1週間くらい遅れて手にしたアルバム。
はじめにクレジットを見ました。
久しぶりに曲ごとに書かれてる。
で、晴茂くんがたった2曲しかいない。
思い出すのは解散前の7thアルバム『LOVE ALBUM』。
胸がざわざわする。
でも大きく違うのは、あの時3人の名前の後に
演奏に参加した外部ミュージシャンの名前が
12人もずらずらと並んでた。
今回は0人。
2曲晴茂くんがドラムを叩き、
全ての曲のベースが田中さんで、
あとの演奏は何もかも曽我部さん。
鍵盤とかストリングスとかホーンとか、
いつも何かで外部の人がいたのに、
0人なんて初めて。
何?この心細い感じは。

中身を聴いたら、いろんな気持ちになった。
難産だったに違いない。
昔みたいに苦しんでできたに違いない。
サニーデイが本気になった。
でもじゃあ8thと9thは?どう受け止めればいいの?
晴茂くんがいないのに、しっかりサニーデイ。
これもどう受け止めればいいの?
面食らいまくりながら、繰り返し聴く。
そうやって聴きながら、
私の中でサニーデイは思い出のバンドなんかじゃなくなった。
サニーデイのことが頭から離れなくなった。
昔のいろんなことを思い出した。
すっかり忘れてたようなことまで。
でもそれは、懐かしいねなんかじゃなくて。
だから思い出したというよりは、
20歳前後の私に引き戻されたみたいに蘇ったんだと思う。
そして勝手なもので、思い出じゃなくなったら
晴茂くんがいないことに急にオロオロとしてしまう。
2000年みたいに。

『I'm a boy』(『DANCE TO YOU』から)
心細くなれる、不安になれる、
って言ったらおかしいのかもしれませんが、そんな曲。
遠い昔に経験したことのある気持ちに引き戻される感じ。
ドラムは曽我部さんによる打ち込みのようです。



『セツナ』(『DANCE TO YOU』から)
ソロやソカバンで歌うような(全部聴いたわけじゃないですけど)
日常のあたたかいものとか社会風刺的な要素のあるものから
かけ離れたところにある曲だと思う。
私がソロやソカバンをどうしても好きになれないように、
ソロやソカバンを好きな人には
どうしてもサニーデイを好きになることはできないんじゃないかと思う。
作詞・作曲同じ人なのに不思議ですが、
それがバンドということなんでしょうね、たぶん。
ドラムは曽我部さん。
昔、「晴茂くんらしいとかない」「できなければ他の人が叩く」
そんなふうに言った曽我部さんが
晴茂くん不在の今、自ら晴茂くんぽく叩いてる。
(MVのインパクトがちょっと強いんですが。2回あるし。
3人揃うまでは本人たちが出演することはないのかなと思います)



このアルバムは途中から制作費がなくなり、
レコーディングスタジオを借りることができず、
練習用スタジオにパソコンなどを持ち込んで録ったものを
曽我部さんが自宅で作業したりを繰り返して完成したそうです。
自宅で録ったりもあったとか。
それから、フワフワした印象だった苺畑が、
アルバムの中ではピタッとはまって聴こえました。
そして私はアルバム通して、田中さんのベースがとても好き。
やっぱり雨ニモ負ケズだと思う。


長いので次回に。





青春回顧録21

3学期。
行事だらけ、用事だらけ。
洗濯物も洗い物も部屋のほこりも溜まっていく。
家事が滞るというのは主婦の心を乱すもので・・・

さて。
『Sunny』から1年数カ月後、
晴茂くんの離脱が発表される直前の2016年1月、
シングルがリリースされました。
私はYouTubeのMVでその曲を聴きました。
あれ?全然『Sunny』じゃなくなってる。
昔のファンに向けてでもないし、
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」でもない。
でもまあ、再結成から8年。
解散していた8年と同じだけ月日が流れたわけだし、
そうなって当たり前?なのかな?
それにしても『Sunny』は日常的な詞だったのに対して、
ずいぶんフワフワした印象。
見たこともないこんな街で知らない誰かを探してる・・・

初めて聴いた時は、
そんなに好きだとも思わなかったというか、
なんだか面食らってしまった曲だったのですが
気づけば何度再生したかわからない。
イントロが流れる度に
ケンゾーに「またぁ?」と言われるようになりました。
この曲のカップリングを聴いてみたい、
確かにそう思ってオンラインショップまで行ったのに、
結局買わなかった。
私はまだ鈍ってたんですね。

晴茂くんのことを知っても私はまだ鈍ってた。
いろんなことがあって、いろんな人がいる。
そう思えばいろんなことを受け入れられる。
大人になってしまってたんだなと今わかります。

『苺畑でつかまえて』
ドラムは晴茂くん。
曽我部さん、秋にできた曲って言ってたけど、
夏の終わりにはライブに出なくなっていたので、
この頃はもうかなり調子が悪かったんだろうと思う。



サニーデイは『Sunny』の後、
そのままの良い雰囲気で
次のアルバム制作に取り掛かったそうです。
そしてほとんど完成していたそうですが、
「こんなの前にもあったな」となり、
一度白紙に戻すことになったとか。
そこから苦しいアルバム作りが始まったようです。

自転車操業の個人レーベルなのに、
マメにあったソロもソカバンもリリースなし。
ソカバンはライブ活動もしなくなっていて
(ダブルオーテレサが再結成したこともあると思いますが。
メンバーのうち、2人はダブルオーテレサなので)、
いつの間にか曽我部さんはサニーデイに拘るようになってた。
懐かしいね、楽しいね、じゃなくなっていったんだと思う。
そしてリリースがないからレーベルの経営も危うくなっていき、
サニーデイのレコーディングは何十曲やっても
完成が見えてこない状況で制作費もなくなり、
そして何より一人脱落者が出てしまう。
サニーデイはいつも生々しい。
解散前のエピソードもそうだけど。
苺畑聴いた時には
もちろんそんなことは何も知らなかったんですが。
私だけじゃなくて、誰も知りようがない話です。






青春回顧録20

最近、気になるというか憧れるというか、
いいな~と思うのは、
あんまり興味もないし共感もできないけど、
なんか最後まで見ちゃった、読んじゃった、聞いちゃった、
ということ。

ウチの子供たちがユーチューバーにはまってまして。
最近の子供たちの「将来の夢」の
上位には決して来ないけど、
10位あたりには食い込んでくるユーチューバー。
ウチの子たちもよく見てますし、
お母さんも一緒に見て!となることも多いのですが。
ある玩具紹介を専門にしている方がいらっしゃるんですが、
全然私の興味のある分野じゃないのに
ついつい最後まで見ちゃうんですよね。
顔は出さなくて、画面に出るのは
玩具といつもきれいに爪を切りそろえた手だけなんですが。
抑揚のある特徴的な話し方で
とにかく玩具の紹介と感想を述べてるだけなんですが、
なんか面白い。
全然知らないキャラクターのフィギュアの塗装がどうだとか
フォルムがどうだとか躍動感がどうだとか言われても
よくわからないんですが、なんか見てしまう。
ガチャガチャの中身に一喜一憂する様子見ても、
何がアタリで何がハズレなのかもわからないんですけどね、
なんか見てしまう。
こう言ってはなんですが、他の方の玩具紹介の動画を見ると
彼の面白さにより気づいてしまいます。
で、先日子供たちがテンに
「お父さんいちばん好きなユーチューバー誰?」という質問を。
テンがその玩具紹介の彼を即答していて、
「お母さんも!」と思わず言いました。
夫婦ともに玩具に興味ないのになー。

サニーデイの田中さんはラーメン評論家でもいらっしゃるんですが、
私はラーメンの奥深さはわからないし、
そんなにラーメン店に行ったことありません。
でも田中さんのお話、面白いんですよね。
名前が出てくるお店も1件たりとも行ったことなくて、
自分にとって勉強になってるとも思えないんですけど、
めっちゃ集中して聴いてしまう、読んでしまう。
トークショー、たくさん人が集まるのわかるなぁって感じで。
そして、この方がサニーデイのベースを担当していることに
納得したり。
それこそこんな人が隣のクラスにいたら、
あの人何なんやろって気になってしまうわ、きっと。
サニーデイの時はほとんど喋らない方なんですけどね。

玩具紹介の彼も田中さんも、きっと表現が独特だったり、
語彙が豊富だったり、そもそも感性が鋭かったりするのでしょうが、
(そしてちょっとヘンな人だったりするのでしょうが)
何より「本当に好き」が根底にあって、
そこに惹きつけられるのかなぁと思ったりします。
ここで私の話をするのはおこがましいんですが、
この青春回顧録も、そんなバンド知らないし興味もないし、
何言ってるのかわからなくて共感もできない、
でもなんか全部読んじゃった、っていうそんなのだったらいいなぁと。
ちょっとでもそういう感じになれたらいいなぁと憧れているわけです。
まあ私のは紹介じゃなくてただの回顧録なんで
そもそも別物なんですけど。

長い前置きになりましたが、さて本題。
たとえば、野球でもテニスでも剣道でも将棋でも何でもいいんですが、
学生時代に部活に本気で取り組んだ仲間がいる方多いと思います。
私がいちばん部活に励んだのは高校生の時です。
別に部活じゃなくてもいいんですけど。
そういう昔一緒に同じことを一生懸命やった仲間と
長く別々の生活をして、久しぶりにちょっと会って話したり
ちょっとプレイしてみたりするのって、なんか特別ですよね。
昔に戻ったみたいな気持ちになって、
懐かしいね、楽しいね、変わったね、変わってないねって。
昔一緒に喜んだり苦しんだり我慢したりした仲間としか
味わえないものってあると思います。
そしてそういうのは、
当時と同じ仲間で
当時と同じように時間を費やして
当時と同じようにエネルギーも費やして
当時と同じように苦しんで悩んでっていうのとは
わけが違うと思います。

『Sunny』は「ふたたび出逢えた喜びを胸に」なアルバムでしたが、
サニーデイしか活動していない晴茂くん、
サニーデイが自分のメインだという田中さん、
(たぶん仕事量ではなく、気持ちの話だと思いますが)
その2人と違って、
曽我部さんはサニーデイはあくまで表現のひとつって感じでした。
実際、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだったと思います。
解散前、サニーデイしか表現する場がなかったことが
曽我部さんが苦しい原因のひとつだったと思うし、
それぐらいでちょうどいいのかも、
とか大人になった私は思ってました。
時々会って、懐かしいね、楽しいねって。
聴く側の私も懐かしいね、楽しいねって。

『Sunny』の頃、サニーデイはサポートメンバーを入れずに、
3人だけでライブをすることが多くなりました。
お客さんからすれば、すげーヘタだなってだけかもしれないけど、
今3人で音を出したいって。
装飾を剥いで、曲の核になる部分だけを演奏したいって。
昔と違って、音を間違えることに神経質にならずに
とにかく3人で音を出すことに大きな意味があるって感じでした。
渋谷公会堂でも3人だけのライブをやったりとか。
そしていつのまにか、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだった
その比重が変わっていったように思います。

3人だけのライブの動画をいくつか見ていて、
この『今日を生きよう』を
私も学生の頃、この曲ライブで聴いたなぁとか思いながら
観てたんですが。
思わぬ展開になって、夜中にひとり声をころして笑うことに。
口笛からギターの間奏の後、
「いちばん奥の部屋で~」って歌が始まるはずが、
曽我部さん歌わない。
2人があれ?どうしようってなってるんですが、
次のタイミングで歌いだすのかと思ったら、
曽我部さん、まさかのジャーンって終わっちゃう。
もう歌い切ったつもりだったようで。
それに合わせて咄嗟にちゃんと終わらせる2人はさすがですが、
とにかく可笑しくて。
まあ私はこの曲をよく知ってるし、
サニーデイをよく知ってるから可笑しいんでしょうけど。
それはさておき、この時の晴茂くん、
元気そうに見えるのですが
この2カ月後にはライブを欠席するようになり、
半年後に期間未定で離脱が発表されました。




『今日を生きよう』といえば、うどん。
サニーデイのことを
「ああ、うどんの人たちね」と言ってたのは誰だったかな?
見たのか、聞いたのか、読んだのかも思い出せないけど。
今は田中さんはラーメンの人ですけどね。
私、ケンゾーを妊娠してつわりの嵐の中にいた頃、
おいしい讃岐うどんが食べたくて仕方なかったんですよね。
その時はできれば冷たくてすっぱいのがよかったんですが。
すだちおろしうどんとか。
妊娠中の食べたいって「食べたいなぁ」とかじゃなくって、
飢えた獣みたいにもう本当に食べたいんですよね。
毛布にくるまって、うどんで頭がいっぱい。
このMVも思い出したりしながら。
曽我部さんは香川県の方です。

『今日を生きよう』(1998年)





プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。何かと器用で飄々とした小学4年生。
次男(セン次):7歳。小学1年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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