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中学生の頃のこと

先日、長男マル太が担任(30代男性)の先生に
クラスの皆の前で何人かで叱られたんですが、
その内容に納得いかなかったようでかなり反論したようです。
はじめはマル太一人で反論していたそうですが、
マル太の言い分が先生に通じないので
周りの子たちもヒートアップし始め、ついに一人の子が
さっきから先生のいいように話持って行ってますよね?
というようなことを言ったところで
「もう今日はおわり」となったそうです。
マル太も同じように感じていたそうですが
さすがにそれは言われへんかった、
それ言うてまうか~と一瞬焦ったと言ってました。
ただ帰ってからも
「あんなんやから嫌われんねん!」
としばらくイライラが収まらない様子でした。
中学生の言葉はなかなか辛辣ですね。
私もそうでしたもん。
事細かな内容は書きませんが、
こういうのは片方の言い分(特に自分の子ども)
だけを聞いて鵜呑みにするのはよくないですけど、
翌日同じクラスの子(叱られたメンバーではない子)の
お母さんに会った時に
「みんなが言うほど先生のこと嫌いちゃうけど
今回のはさすがにちょっとなって言うてたで。」と言われたので、
周りから見ていても「?」と思う部分があったんだとは思います。
前置きが長いですが、
親が首突っ込む場面でもないですし
マル太のことはマル太が解決すればいいので
これは本題ではありません。

今回その話を聞いて、
自分の中学生の時のことを思い出したので
それをちょっと書こうかなと思いました。
もしも途中で不快になった方はスルーしてください。


私は剣道部に所属していたのですが、
顧問の先生が当時30代くらいの女性の体育教師でした。
以下、T先生と書きます。
ある意味純粋なくらいに体裁第一の先生で、
私には初めから良い印象はありませんでした。
はっきり書くと嫌悪感を持っていました。
1年生の終わりごろだったと思いますが
剣道部1年生女子の中でちょっとしたトラブルがあり、
部活が終わった後に運動場のそばで少し揉めていました。
運動場ではまだ練習している部もありました。
そこへT先生が走ってやって来て
慌てて私たちを誰もいない場所へ連れて行きました。
何があったのか訊ねるのかと思ったら
言った言葉は小声でしたが怒気は強く、
「おまえらケンカは学校の外でせんか!
剣道部が問題のある部に見えたらどうすんのや!」でした。
その時私はT先生を心からつまらない大人だと思いました。
翌日、職員室にT先生を訪ね、
「剣道は好きですけど、T先生の考え方が嫌いで
ついていきたくないので退部させてください」と言いました。
T先生の驚いたまるい目を今もおぼえています。
私はどちらかと言うとおとなしい子で、
当時はたぶんまだ身長140㎝ないくらい。
生理もまだまだ始まっておらず私服を着ていれば
小学生にしか見えないような子だったので驚かれたと思います。
そうでなくてもそんなこと言われたら驚きますね。
その時周りに他の先生がいたかどうかおぼえていませんが、
T先生にしてみればそれこそ
「他の先生に聞かれたらどうすんねん」だったと思います。
たぶんその翌日だっと思いますが
クラス担任のA先生(40歳くらいの男性)に呼び出され、
「おまえなぁ」と苦笑されました。
自分の気持ちを話すと
「しゃあないな、剣道部のある高校に行くしかないな。」
と言われました。
そして「おまえにはまいった。」と言って笑っていました。
そこにはなんとなく私を褒めてくれているニュアンスがあり、
子供ながらにA先生もT先生に対して
何か思うところがあることが分かりました。
まあでも私の言った言葉はそれこそ「それ言うてまうか~」と
マル太から突っ込まれそうな言葉でしたね。
高校で私は剣道部に入り、
中高同時に行われた地域の大会でT先生に再会しました。
目が合って私が会釈すると、
あの時と同じようなまるい目をしてT先生も会釈しました。
言葉はお互いありませんでした。
それ以来お会いしたことはありませんが、
友達がこんなことを言っていました。
弟が中3の時にT先生のクラスになって
行ける高校がなくて一生懸命探してくれた、
りるび。ちゃんは嫌ってたけどいい先生、と。
もちろん口には出しませんでしたが心の中で
「そらそうやん。あのT先生が自分のクラスから
進路の決まらん子出すわけにいかへんもん。」
と思っていました。
(それにそこは一生懸命になるの当たり前ですよね)
それから後に、まだ若いうちにどこかの中学校の
校長先生になられたと聞きました。
その時も「T先生らしいわ。そこへの近道のために
あんな指導しかできひんかったんやわ。」と思いました。
もう私にはT先生に対して
ひねくれた見方しかできなくなってしまっていました。
今、この年になったら少しはT先生のことがわかるかというと・・・
やっぱりわかりません。
ひとつ思うのは、あの時なぜ私があんなことを言ったのか、
T先生はたぶんわかっていなかっただろうということです。
ある意味純粋なくらいでしたから。
ちなみにこの一件で退部した子がもう一人いました。
3年生になる前に東京へ転校してしまいましたが、
今も友達です。

決してT先生の悪口を書きたかったわけではありません。
自分の体験を書きたかっただけです。
T先生は特に評判の悪い先生ということはありませんでしたよ。
剣道だって未経験で顧問になり、
さすがは体育教師でそこから習得して段位取られましたし。
私とは相性が合わなかっただけです。
私からすると段位取得も体裁のために見えてましたから。
誰にとっても良い先生もいなければ、
誰にとっても良くない先生もそうそういないと思います。


マル太ははっきりものを言いますが、私よりずっと賢い子です。
6年生の時の先生にこんなことを言われたことがあります。
中立的な目線を持つことができる子です、
何かトラブルがあってもマル太くんが入ってくれるとうまくいく、
安心して見ていられます、と。
今回の件もまずは自分たちの良くなかった点について認めた、
自分たちの主張を聞いてもらうためにそれは必須と言っていて、
わが子ながら冷静で賢いなと思いました。
ただ今回は上手く通じ合うことができなかったようですね。
でもマル太は「先生が嫌い」なんて言ってしまう私より
ずっと上手に10代を過ごしていけるんじゃないかな、
と思います。




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懐かしい曲

この夏のある日、副業の仕入れから帰ってきたテンが
「おもろいもんあんで」と言うので、
ダンボールと本が積み上げられた4.5畳の部屋へ行ってみると、
懐かしい8cmシングルCDの束が。
どれも90年代と思われるもので、
私が10代だった頃に流行りだった曲がたくさんありました。
涙がキラリ☆、エロティカセブン、名もなき詩、
OverDrive、スワロウテイルバタフライなどなど。
知らない曲もたくさんありましたが、
夜中に時間を忘れて1枚1枚見てしまいました。
その中に、思い出深い懐かしい曲が!
高校1年生の頃に大好きでよく聴いていた曲。
東野純直『君とピアノと』。

高校生活が楽しかったか?と聞かれれば、私の答えは「別に」。
なんだかとってもかわいくない言い方ですがそれが本当です。
部活だけは楽しかったし、私の財産になったと言いきれますが、
放課後までの生活はあまり楽しくなかった。
というよりも、今だからわかるのですが、楽しみ方を知らなかった。
もっと正確に言うならば、楽しもうとしていなかった。
部活に大親友ができたし、クラスに親友がいなくてもいいと思っていたし、
ほどほどに付き合えばいいと思っていた。
本当にかわいくない言い方ですね。でも本当なんです。
もったいなかったな、今だから思えます。

そんな高校1年生の時のこと。
「芸術」が選択制で、美術、音楽、書道とあり、私は音楽を選択していました。
音楽を選択すればクラシックギターが必要で購入しなければならず、
そのギターが目的で音楽を選択したことをはっきり覚えています。
1年生の終わりに、修了の証にそれぞれ自由なメンバーと
自由な曲で自由に表現して音楽会を行うことになりました。
私はいつも一緒に授業を受けていたTちゃんと組むことになりました。
何をどうするか決める時に、
Tちゃんが「『君とピアノと』って知ってる?」と聞いてきたので、
「知ってる知ってる!めっちゃ好き!」「ウチもめっちゃ好きやねん!」となり、
すぐに決まりました。
Tちゃんはとてもピアノが上手で、絶対音感があり、聴けば弾ける子でした。
趣味で家で鍵盤こちょこちょしてる程度の私でも弾ける譜を
Tちゃんが書いてくれました。
そしてTちゃんがグランドピアノ、私が電子ピアノで演奏することになりました。
何度かTちゃんの家に行って練習したのですが、
途中でTちゃんが、やっぱり歌もあった方がいいと言い出しました。
りるび。ちゃん、歌ってぇやと言うので、
無理無理無理無理!あかんあかんあかんあかん!と断りました。
Tちゃんも歌は嫌がったので、助っ人で(助っ人と使っていいというルールがありました)
中学生の時にコーラス部だったYちゃんに頼んでみました。
Yちゃんは『君とピアノと』を知らなかったのですが、引き受けてくれました。
でも「1人では嫌!」ということで、Yちゃんの選択でKちゃんとHちゃんを誘い、
結果ボーカル3人を助っ人に迎えるという、よくわからない状態になったのですが、
その形で無事本番を終えました。

Tちゃん、どうしてるんかな。
ちょっと不思議で変わったところのある子やったけど、
私にはない素直さのある子で好きやったなぁ。
卒業した後、大学生の時に一度駅の改札で声をかけられた。
近況を言い合った後、選挙の話をされた。
その後何度か選挙のたびに自宅に電話がかかってきたけど。
高校生活の楽しみ方がわからなかった私ですが、
Tちゃんと一緒に『君とピアノと』を演奏したことは
素直に「楽しかった」と言える思い出です。

高校生の頃と言えば。
3年生の時に担任だった当時30代半ばの女性のS先生(1男1女の母)が、
卒業前にこんなことを言いました。

私がおまえらの年の頃には、別にいつ死んでもええわと思ってた。
特別つらいことがあったわけちゃうけど、楽しいことも何もなかった。
だから死んでもええって思ってた。
でも今日まで、自分が思ってたよりもいいことがそれなりにたくさんあった。
知らんかったことがたくさんあった。こんなこともあるんやと思えた。
今は何言うとんねんと思ってくれていい。
もし、おまえらの中に死んでもええわと思ってる人間がいてるなら、
とにかく生きときや。

そんな内容でした。ものすごくものすごく印象に残ってる。
当時の私は、死んでもええわと思ったことはありませんでした。
でも楽しさがわからないのに加えて、
食べ物を飲み下せないという大問題を抱えていました。
だから余計かもしれませんが衝撃的な話でした。
たくさん心配と迷惑をかけたS先生には、
今でも年賀状で近況を伝えています。

きっと今なら うまく愛せる~♪
じゃないけど、もし私が高校生に戻れたら。
もっと上手に高校生活送れるかな?
それとも私はやっぱり私かな?

『君とピアノと』 東野純直
↑YouTube



あの日の妊婦さん

「昔のコト」というカテゴリを
思いつきで作っておきながら、
書かないまま放置していました。
妊婦のうちに書いておきたいことがあるので、
今回初めて書いてみようと思います。

私は17歳の夏から約2年間、
まともに食事を摂ることができませんでした。
(詳しくは『パニック障害の記録』に記録しています)
高校3年生の冬に受験を諦め、
1年間予備校に通わせてもらったのですが、
その頃のことです。
季節はちょっと曖昧な記憶なのですが、
たぶん秋頃だったように思います。

予備校の講義の後は基本的に自習室に籠っていたのですが、
時々友達と近くのモスバーガーで息抜きのティータイムをしていました。
たぶん私は友達4~5人でいたと思うのですが、
隣のテーブルに妊婦さんが1人でやって来ました。
当時の私に週数の見当がつくわけもなく、
でもたぶん後期と思われるくらい大きなお腹だった気がします。
ちょうど私の斜め前の位置に座られました。

昼食でも夕食でもない時間だったと思うのですが、
その妊婦さん、まー美味しそうにハンバーガーを頬張ります。
大きな口でひと噛みひと噛み味わうように食べています。
無駄な動きなんて一切なくて、とにかく食べる食べる。
私、かなりの近距離だったのですが、見惚れました。
が、妊婦さんはそんな近距離で見つめる私に全く気付かない様子で
食べることだけに集中されていました。

当時の私はほとんど固形物を口にしませんでした。
口にできてもあとですぐに調子が悪くなるので、
外にいる時は特に食べられませんでした。
でも食べたい欲望だけは強かったので、
自分が食べているみたいな気になって、
友達といるのも忘れて妊婦さんの食べる様子を
じっと見つめていました。

妊婦さんはハンバーガーとポテトを食べ終わると、
ゆっくりとドリンクを飲み干して、
満足した様子でお店を出て行きました。
やっぱり私には目もくれず。
妊婦さんが出て行った後、
「2人分やと思えるからあんな美味しそうに食べてたんかな」
「あんなふうに食べれる人ちゃうと赤ちゃんなんか生まれへんよな」
羨ましさと嫉妬のような複雑な気持ちで、
自分が注文したドリンクの半分も飲めないことが
みじめに思えてきました。
その後しばらく妊婦さんの美味しそうに食べる姿が
頭から離れませんでした。


現在、私は若干の後期づわりです。
胃が押し上げられて、あまり食べられません。
が、安定期には我慢できないほど食べたくなることがありました。
マルの時もセンの時も今回も。
そんな時は食べたいものを食べるのですが、
ひと噛みひと噛み味わって、食べることだけに集中して、
ちょっと野生動物みたいになります。
そして、あの妊婦さんを思い出します。
今の私、あの妊婦さんに負けへんくらい美味しそうに食べてるかな?
と、ふと頭をよぎったりします。


あの頃の、17年前の私に言ってあげられるなら、
「アンタ、意外と強いみたいやし大丈夫やで」かな。
その後もいろんな不調に悩まされるけど、
あの日の妊婦さんと何も変わらない自分も
未来には存在することをちょっと教えてあげたい。

と、そんなことを思います。



思いつき

ちょっと思いついて、
カテゴリ「昔のコト」を増やしてみました。
過去の良い思い出を書けたらいいんですけどね、
ちょっと違う感じになりそうです。

いろいろ、ややこしかった頃のこと。
今もややこしくないとは言わないけど。
一時はややこしかった自分を振り返るのが
イヤで仕方ありませんでしたが、
過去の自分をどうこうしようとしてもどうにもならないっていう、
ものすごーく当たり前のことに気付いてからは
自分の過去に興味すら失くしてしまった感じもします。
そして今は、
ややこしかった自分が懐かしく思えるようになりました。
今だからこそ、本音でその時の気持ちが言えそうな気がして、
ちょっとこの場で書いてみようかなぁと思ったりしています。
パニック障害ともきっと切り離せない内容ですね。
上手く言葉を選べる自信はありませんが

教室で女の子雑誌を囲めなかった自分とか、
ピアスとコンパと携帯を毛嫌いしていた自分とか、
図書館と小さなレコード屋がいちばん落ち着ける場所だった自分とか、
そういうのを気まぐれに…と、今は思っています。

ますます主婦ブログから遠ざかり、
ますます主婦の読者様を失っていきそうな気もしますが、
それが私なんやからしゃあないなぁ



プロフィール

りるび。

Author:りるび。
男の子3人の母。パニック障害発症から19年。11年間の断薬を経て、新たにパニック障害と向き合う。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。
長男(マル太):何かと器用で飄々とした中学2年生。
次男(セン次):小学5年生。支援学級在籍。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):小学2年生。おませで口達者で甘えん坊。

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