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6年男子の

先日の夕方。
セン次をそろばん教室に見送るために
団地の階段下りていったら、
6年生の男子MくんとTくんが地面でつかみ合いのケンカ。
あんたら何してんのよって声かけたけど、
2人ともずっと黙ったままでただただTくんが下、
Mくんが上の状態で攻撃し合ってる。
そばで最近近所に引っ越してきた低学年の女の子と
そのお母さんがおろおろしてました。
体の大きなMくんが小柄なTくんに馬乗りになってるし、
胸の上に乗っかってるからTくんが苦しそうで、
頑張って引き離そうとしてみるけど、6年男子。
Mくん、絶対私より体重あるし。
突き飛ばされたら私なんて簡単に飛ぶし。
2人とも無言のまま髪の毛引っ張ったり、
腕捻じ曲げたりやめる気配がない。
何があったか知らんけどMくんどいて!息できひんって!
ってとりあえず説得してみる。
Mくんの手がTくんの首元にいった時は
あかん!ってさすがにMくんの手引きはがしましたけど。
そこに同じ6年生のKくんが通りかかったので、
助け求めて声かけたんですが、
返ってきた返事は
「ああ、ほっといてええよ。2人の問題やから。
おまえらエスカレートしすぎんなやー」。
通り過ぎて行きました。
うん、私も半分そう思ってる。
MくんもTくんもケンカの多い子やから。
ただ、大きなMくんが小さなTくんの上にずっと乗ってるのと、
2人がちょっと本気すぎるのが気になってほってはおけない。
無言なのが余計こわい。
もうええやろ!Mくん下りて!ってずっと言い続けてたら
Mくんがやっと「こいつが掴んでるからどかれへん!」と言い、
「おまえも掴んでるやんけ!」「お前が先に離せ!」の言い合い。
言葉が出たからちょっとホッとしたところに
たまたま私の父が通りかかり、二人がかりで体を引き離しました。
体が離れたら2人ともボロボロ泣き始めたので
ちょっと間2人の背中をさすってたんですが、
2人とも湯気が立ってるみたいにもわっとじっとり熱くなってて。
Mくんが先に立ち上がってどこかへ行き、
その後Tくんが立ち上がってどこかへ行きました。

家に戻ってしばらくしたらマル太が帰宅。
MくんとTくんがさっきケンカしとってんけど、
今下おらんかった?って聞いたら、
「2人ともおった。Jボー乗って普通に喋ってたで」って。
これが男子のケンカのいいところかもしれませんけどね、
早いわ、仲直り。
きっと原因も些細なことだったんでしょうけどね。
男子の世界はわからんわー。
女子は体でも口でもなく、
態度でケンカするから長いんよね。
ただ、マル太いわくMくんが泣くのは見たことがないそうで、
やっぱり今日のはいつもとはちょっと違うかったのかも。

その後、用事があって下に降りていくとTくんがいましたが、
私の姿を見ると階段の陰にすっと隠れました。
さすがにちょっときまりが悪かったかな。
でも次の日には何事もなかったみたいに
「Trick or treat お菓子ちょうだーい」って
家までやってきましたけどね。





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No.26

もたっと重たいスネアドラム。
やさしいマラカス。
21年前のちょうど今の時季。
私のヘビーローテーションだった曲。
21年前はもっと秋が深かったな。

『虹の午後に』(1997年)


書いてやめて、書いて消して、
何度も保存しなおして
下書きとして置いていた記事。
虹の午後にを聴きながら
なんとなく今日、公開する気になりました。
以下です。




今は非公開にしてパスワードで管理していますが、
2016年の秋くらいから2017年の夏くらいまで
25回に渡って記事にしたことがありました。
サニーデイ・サービスのこと。
活動を離脱しているドラマーの晴茂くんに
必ず帰って来てほしいのだということ。
その晴茂くんは、
今年の5月に亡くなられました。
以下青文字は会社からの発表と
曽我部さんのコメントです。


訃報
サニーデイ・サービスのドラマー丸山晴茂が5月に永眠しました。
死因は食道静脈瘤破裂、享年47歳でした。
生前のご厚情を深く感謝し、謹んでご報告申し上げます。
尚、葬儀はご家族の意向を尊重し、近親者のみで執り行わせて頂きました。

平成30年7月15日
有限会社スタジオ・ローズ
___

晴茂くんが、亡くなりました。
彼はもう何年も自分の抱えるアルコールの問題を克服しようと戦っていました。
2015年の夏を最後に、いっしょに音は出していませんでしたが、ぼくたちは彼が戻ってくるのを待っていました。
すぐに、ではなくても、生きていればいつかはまた三人で音を出せると信じていたし、そんな最高なことが起こるのが人生だと思っていました。

晴茂くんはぼくの大事な友だちでした。
ドラマーがなかなか決まらずくすぶっていたサニーデイに入ってくれたとき、彼はすでにプロの仕事を経験していて、ぼくたちにとっては音楽的な先輩と言った感じでした。こんなすごい人が叩いてくれる!そこでやっとサニーデイはバンドとしてのスタートが切れたのです。
おまけになかなか東京人とフランクに接せられない地方出身のぼくと田中でしたが、何故か晴茂くんとはすんなり自然と打ち解けることができました。
たぶん三人とも、似たような部分でシャイだったのでしょう。
まるで、ずっと昔から友だちだったような感覚でした。
それから経験したありとあらゆること、素晴らしい時間や景色、サニーデイの音楽、これらすべては更新されることなく永遠のものになってしまいました。

晴茂くんはやさしい人でした。
純粋な人、という言葉は彼にこそ使っていいものだと思います。
なにごとにも臆することなく、心から正直に行動できる人でした。本物のパンクスで、本物のロックンローラーでした。
計算高いタイプのぼくはよく彼に「晴茂くんは天使だから」なんてことを言っていました。そんなとき晴茂くんは決まって不思議そうな顔でぼくを見るのでした。
ぼくは晴茂くんが大好きでした。
サニーデイ・サービスを愛してくれたすべてのみなさん。晴茂くんのビートに身を委ね、彼を応援し、彼の復帰を待ってくれたすべてのみなさんに、感謝いたします。
どうもありがとうございました。

自分がいま音楽をやっているのは、晴茂くんと出会い、彼に力をもらったからです。
ぼくがひとりで作った歌をみんなが聴けるカラフルな音楽にしてくれたのは晴茂くんです。
いつもぼくの家族を心配してくれたこと、あなたのはにかんだような笑顔、あなたの冗談、あなたのやさしさ、ひたむきさ、自由さ。
ありがとう、晴茂くん。
さようなら。

平成30年7月15日
曽我部恵一


「正当に評価される日は来ないんだけど、
でもなんかいいんだよね」
「もうめちゃくちゃ叩いちゃってるから」
「上手い人でも下手な人でも真似は無理無理」
「晴茂くんのドラムって本当に奇跡だから、
これは替えが利かないな、という感じ」
私が記憶している
晴茂くんのドラムについての曽我部さんの言葉。

鬱病。アルコール依存症。
活動離脱の理由は長引く体調不良とされていましたが、
昨年の夏に出版された、内容があまりにも赤裸々すぎる
インタビュー集の中に、はっきりとそう書かれていました。
アルコールの噂はずっと前からあったことですが、
想像以上の深刻さ、壮絶さで戦ってこられたと知りました。
ご本人はもちろん、向き合う曽我部さん、田中さんも。
書かれていることなんてほんの一部にすぎないはずなので、
実際はそれよりもずっとずっと、なのだと思います。
心も体も不安定でいつも危なげな印象だった人。
でも、大変な病気になった時も復帰できたし、
飛び降りてしまった時も血まみれで助かったんだし、
危なっかしくても生きている人だと思ってた。
だけど本当にもういなくなってしまいました。

いつもミュージシャン然としていなくて
つかみどころのない晴茂くんは
一体どういう人なのかわかりにくかったのですが、
知る人たちによれば、
サニーデイ・サービスをそのまま体現した人、
サニーデイ・サービスの象徴、だそうです。
その晴茂くんは、
サニーデイ・サービスとは?という問いに
「海賊船」と答えていました。
私は絵本の『すてきな三にんぐみ』を読んで、
なんかサニーデイ・サービスの3人みたい
と思ったことがありました。
思えば、サニーデイ・サービスは
いつも共感を求めてこないバンドでした。
だからどこか冷たく感じるところがあったのかも。
共感も反感も関係なく、善いも悪いも関係なく、
ただ、今ここにいる自分たちを見せていた。
裏表のない人という言い方がありますが、
晴茂くんは裏も表も関係ないような
そんな人だったのでは、
いつもその人そのままだったのではないか、
そんな気がしています。

『NOW』
このMV、めずらしく晴茂くんがカメラに向かって
ほほ笑む瞬間があります。
「窓の外から夏がささやきかける」のとこ。
いつも通りの私服でお金かかってなさそうな
1997年のビデオ。
バンドがいちばん安定していた頃かな。



『胸いっぱい』
2015年の渋谷公会堂でのライブ。
この年が最後になってしまいました。
この曲は解散直前の2000年の曲で、
解散を歌ったものだと言われていました。
その時点で解散が決まっていたとは思えないですが、
そう考えてしまうのが自然です。
「昨日と今日と明日を駆ける旅の出来事」
そんなふうに解散を受け止めようとしていた私です。
晴茂くんが亡くなった今、
また別の意味を持った歌に聴こえます。
晴茂くん、確かこの曲お気に入りなんですよね。
この日のライブはキャンセルにしてしまうか、
サポートドラマーにしてやるのかという
ギリギリの状態だったそうで、
田中さんはいつドラムが止まってしまうか
ハラハラしていたそうです。
実際に少し止まった個所もあったとかで。
渋谷公会堂でのワンマンライブ。
しかもサポートメンバーなしの3人こっきり。
このライブに行ったお客さんの宝物になったことと思います。



憧れでも尊敬の対象でも代弁者でもなく、
サニーデイ・サービスの音楽は私の青春そのものです。
自分の好きなところ、嫌なところ、人に知られたくないところ、
たくさん映してくれました。
音楽だけでなく、バンドの存在そのものも。
解散がとてもショックだったこと、空白の8年間、
再結成で複雑な気持ちになったこと、
10年ぶりのアルバムを聴いた時の感動、
晴茂くんが離脱して25コの記事を書いたこと、
昨年夏の本を読んでいろんなことを知ったこと、
晴茂くんが亡くなってひとりでたくさん泣いたこと、
その全部が私の青春です。

私は友達じゃないから、
さようならを言うのは少しおかしい気がして、
ありがとうはありがとうなんだけど、
感謝していますというのも少しちがう気がして。
サニーデイ・サービスに出会えて本当によかった。
晴茂くんのドラムに出会えて本当によかった。
そして、もし天国というのがあるのなら、
そこが苦痛のないところで、
好きな音楽が聴けるところで、
楽しいお酒が飲めるところならいいですね、
と言いたいです。
正当な評価は知らない。
他の人のことも知らない。
余計なものを全て素通りして
真っすぐに体に心に入ってきてくれる、
私にとっては他に出会いようのない
唯一無二のドラマー晴茂くん。
安らかにお眠りください。
それからやっぱり、ありがとう。





ケンゾーの特別な日

1学期皆勤だったケンゾー。
2学期も順調に登園しています。
おにいちゃん2人は2学期すでにそれぞれ欠席あり。
さらに運動会の代休で先日はケンゾーだけが登園。
「おかあさんはケンゾーだけ休まさしてくれへん」
とブーブー言っておりました。
そして今週月曜日、幼稚園が運動会の代休。
ケンゾーだけがお休みということで、
その特別感を満喫するべく、
2人で公園デートへ。

お花を見ながらお散歩したり。
遊具で遊んだり。
シート広げてお昼を食べたり。
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渋好みのケンゾー。
旅のお供は兵六餅。
「まっず!」と顔をしかめてもりもり食べる。
クセになる味、ですかね。



公園は台風21号の影響で倒木だらけ。
立ち入り禁止の場所がたくさんありました。
休憩所もこちらは地震の影響か天井が剥がれ落ち、
立ち入り禁止のテープが巻かれていましたが、
常連さんと見えるおじいちゃんおばあちゃんたち、
普通にテープくぐって休憩してました。
「なんで中に人入ってるん??」
子供が見てますからねー。

朝出かける時は少し寒いくらいで上着まで持参しましたが、
日が高くなると長袖じゃ暑かった。
最後にブルーハワイのかき氷を食べておしまい。
さすがにかき氷はちょっと寒くなりましたけどね。

そしてほんとの最後は疲れて機嫌が悪くなり、
「100均寄る!おもちゃ買う!」と騒ぎ出し、ひと悶着。
楽しかったね~で終われない。
これが子育ての現実ですね。




当たり棒とはっぴ

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1箱8本入りのホームランバー。
久しぶりに買ったら8打数5安打。
調子に乗って2箱目。
同じく8打数5安打。
3塁打まで出ちゃって。
打率良すぎですやん。
4ポイントで1口の抽選なんで、
そんなに打っちゃうのかと思ったら、
3箱目から8打数1安打が続く。
最初の2箱は当たり箱だったってこと??
まあとにかく5口応募できるのでしてみます。
当たればクッションが届くはずなので、
その時にはまた報告いたします。
そういえば、私が子供の頃はホームランバーって
銀色のざらざらした紙に包まれてましたが、
今は一般的なアイスと同じなんですね。



マル太が運動会で使った自作の
はっぴを持って帰ってきました。
背中にそれぞれ自分で考えて漢字を一文字、
白いペンキで書いてます。
「光」「風」「翔」「笑」とか、自分の名前の一文字など。
それぞれ個性が出ておもしろい。
マル太は「猿」。
母はなかなか良いと思うよ。
ちなみにマル太の名前に「猿」という字は
ついてません。

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それぞれの運動会

小学校からもらってきたおたよりに、
「日ごとに秋も深まり」って書いてありますが、
まったく秋が深まらない。
一度長袖長ズボンを着せた子供たちも
また半袖半ズボンに戻ってる。
それでも暑いくらいで、
先週土曜日はエアコンまで使いました。
今は、「今日は秋だった、明日はわからないけど」
っていう季節の変わり方ですね。

延期に延期を重ねた小学校の運動会が終わりました。
当日の朝、次男セン次が布団の中で泣いてる。
「絶対行かへん」って。
それでもそのうち起きてくるだろうと思っていたのですが、
開会式10分前になっても出てこない。
これはいよいよと説得してみるけど、そんなのは通じなくて。
延期は誰でも気持ちが続きにくくて
しんどいものだと思いますが、
セン次の場合は特に対応しにくいみたいです。
私はとにかくケンゾーを幼稚園に送らないといけないし、
今年はマル太が応援団に入っているので
開会式のエール交換を見に行きたい。
休みをとったテンにとりあえずセン次を任せて
ケンゾーを幼稚園に送りました。
学校の門では支援の先生が
セン次の到着を待っててくださって、
状況を説明しました。
で、エール交換の後、
一旦家に戻ると布団から出て朝ごはんを食べ終えてる。
「50メートル走がいやや」とのこと。
最近わかってきたんですけど、
具体的に何が嫌だと言い始めるとそこからはわりと早い。
わかった、先生に50メートル走が嫌ですって言っておこう、
走らんでいいってことにはならんやろうけど
気持ちだけは言っておこう。
それですんなり納得。
テキパキ着替えて準備をし、遅れて参加できました。
担任の先生が見当たらなかったので、
おはようと声をかけてくださった隣のクラスの先生に
「50メートル走が嫌だと言ってます」と伝える。
「K先生(担任)に伝えておきますね」これでOK。
ちゃんと50メートル走、走りました。
ビリでしたがそんなことは関係ない。
いや、関係ないこともない。
本気で走ろうと思うとドキドキするから本気は出さない。
そうセン次は1年生の時に言ったので。
いずれは勝ちたい気持ちで参加できるといいかな。

セン次が具体的に何が嫌だと言い出す時、
本人がおとしどころを見つけようとしていることが
分かり始めてきました。
ダンスもぎこちなくではありましたが、
なかなか良い表情で踊ってました。


5年生のマル太は
家庭科の時間に自分たちで作ったはっぴを着て、
ソーランを披露。
4年前、当時の5年生が踊るのを見て、
かっこよくて憧れ続けたソーラン。
私もマル太が5年生になるのを楽しみにしてました。
いやー、かっこよかったです。
応援合戦もよくできていて、
これぞ高学年と思えるマル太の運動会でした。
リレーは第一走者で4人中3着、
100メートル走は1着でした。


今週末はケンゾーの運動会。
入園してからダンスの時間は険しい顔で
棒立ちか座り込むかのケンゾー。
運動会のダンスもまったく踊る様子がなかったそうですが、
ポンポンを持たせたら突然踊りだしたそうです。
こちらも何かおとしどころとなるきっかけを
探していたのかもしれません。




プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):何かと器用で飄々とした小学5年生。
次男(セン次):小学2年生。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):幼稚園年中。おませで口達者。でも甘えん坊。

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