青春回顧録22

マル太も春休みに入ったんですが・・・
1学期同様、風邪で休んだまま長期休暇に入ってしまいました。
しかも今回は3学期。
新学期はクラス替えがあるので、休んだままクラス解散です。
修了式の日の連絡帳に本人から一言、
クラスの皆へのメッセージを書きました。
「さい後の日に来れなくて残ねんだけど、一年間ありがとう」
先生が皆に伝えてくださったそうです。
そして私は、作品やらお道具箱やら体操服やら給食エプロンやら
体育館シューズやら上靴やら歯ブラシやら通知表やら
その他何やらの大荷物を、放課後引き取りに行きました。
マル太、もうすっかり元気です。

さて。
セン次の卒園があって、2週間も開いてしまいましたが。
まだ終わってないんです。

2016年の夏です。
10thアルバムがリリースされました。
このアルバムを聴いたことで
私はこんな長い回顧録を書くことになったわけなんですが。


10thアルバム『DANCE TO YOU』(2016年8月、9曲)

ジャケットのイラストは永井博さん。
1週間くらい遅れて手にしたアルバム。
はじめにクレジットを見ました。
久しぶりに曲ごとに書かれてる。
で、晴茂くんがたった2曲しかいない。
思い出すのは解散前の7thアルバム『LOVE ALBUM』。
胸がざわざわする。
でも大きく違うのは、あの時3人の名前の後に
演奏に参加した外部ミュージシャンの名前が
12人もずらずらと並んでた。
今回は0人。
2曲晴茂くんがドラムを叩き、
全ての曲のベースが田中さんで、
あとの演奏は何もかも曽我部さん。
鍵盤とかストリングスとかホーンとか、
いつも何かで外部の人がいたのに、
0人なんて初めて。
何?この心細い感じは。

中身を聴いたら、いろんな気持ちになった。
難産だったに違いない。
昔みたいに苦しんでできたに違いない。
サニーデイが本気になった。
でもじゃあ8thと9thは?どう受け止めればいいの?
晴茂くんがいないのに、しっかりサニーデイ。
これもどう受け止めればいいの?
面食らいまくりながら、繰り返し聴く。
そうやって聴きながら、
私の中でサニーデイは思い出のバンドなんかじゃなくなった。
サニーデイのことが頭から離れなくなった。
昔のいろんなことを思い出した。
すっかり忘れてたようなことまで。
でもそれは、懐かしいねなんかじゃなくて。
だから思い出したというよりは、
20歳前後の私に引き戻されたみたいに蘇ったんだと思う。
そして勝手なもので、思い出じゃなくなったら
晴茂くんがいないことに急にオロオロとしてしまう。
2000年みたいに。

『I'm a boy』(『DANCE TO YOU』から)
心細くなれる、不安になれる、
って言ったらおかしいのかもしれませんが、そんな曲。
遠い昔に経験したことのある気持ちに引き戻される感じ。
ドラムは曽我部さんによる打ち込みのようです。



『セツナ』(『DANCE TO YOU』から)
ソロやソカバンで歌うような(全部聴いたわけじゃないですけど)
日常のあたたかいものとか社会風刺的な要素のあるものから
かけ離れたところにある曲だと思う。
私がソロやソカバンをどうしても好きになれないように、
ソロやソカバンを好きな人には
どうしてもサニーデイを好きになることはできないんじゃないかと思う。
作詞・作曲同じ人なのに不思議ですが、
それがバンドということなんでしょうね、たぶん。
ドラムは曽我部さん。
昔、「晴茂くんらしいとかない」「できなければ他の人が叩く」
そんなふうに言った曽我部さんが
晴茂くん不在の今、自ら晴茂くんぽく叩いてる。
(MVのインパクトがちょっと強いんですが。2回あるし。
3人揃うまでは本人たちが出演することはないのかなと思います)



このアルバムは途中から制作費がなくなり、
レコーディングスタジオを借りることができず、
練習用スタジオにパソコンなどを持ち込んで録ったものを
曽我部さんが自宅で作業したりを繰り返して完成したそうです。
自宅で録ったりもあったとか。
それから、フワフワした印象だった苺畑が、
アルバムの中ではピタッとはまって聴こえました。
そして私はアルバム通して、田中さんのベースがとても好き。
やっぱり雨ニモ負ケズだと思う。


長いので次回に。





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卒園しました

セン次、卒園しました。

卒園式の2日前、
この1年間通った別の小学校の通級指導教室へ行ったのですが、
先生に「卒園式のお返事ドキドキする?」と聞かれて
「うん」と答えるセン次。(ここではお喋りできます)
「もしどうしてもドキドキして声が出ない!ってなったら、
手ぇあげるだけでもいいんよ。
M先生(担任)、ちゃんとわかってくれはるから大丈夫。」
と言われていたセン次。
卒園証書授与で名前を呼ばれた時は、
出欠確認と違って「手をあげない」が約束ごと。
セン次も練習中、それを守って返事をしてきました。

で、本番。
もう園児入場の時のセン次の顔が・・・
激しい瞬きで、今にも泣きだしそうな顔。
こわばるセン次は何度も見たことありますが、
こんなのは初めて見ました。
いよいよセン次の名前が呼ばれてお返事の時。
私の位置からはセン次の顔は見えません。
ちょっとの間があって、
園長先生が覗き込むようにセン次の顔を見ると、
手があがりました。
そして園長先生が
嬉しそうににっこり笑うのが見えました。
まあ仕方ない。
あんな顔するくらい緊張しちゃってたし、
手をあげられただけで充分。
きっと園長先生もそう思われたんだろう・・・
と思ってたんですよね。
で、それが終わるととりあえず瞬きが正常に戻って、
無事に卒園式が終わりました。

保育室に預けていたケンゾーを迎えに行こうと廊下へ出ると
(年中さんのお母さんが式の間、下の子たちをお世話してくれます)
園長先生に呼び止められました。
昨日の練習でね、センちゃんお返事の声出なかったんですよ、
入場してきた時の顔見てね、
今日は出なくても仕方がないって思ったんです、って。
「すごい顔してましたもんね。手をあげられただけでもよかったです」
って私言ったんです。
そしたら園長先生、
お母さん!センちゃん「はい」って言いましたよ!
私のところにはちゃんと届いてましたよ!
今日はもうしょうがないって思ってたのに、ああ言えた!って思って・・・
と泣きながら話してくださいました。
後姿を見る形だった私のところには
届かないくらいの声だったってことなのか、
手があがったのを見て聞き取ることに集中しなかったのか、
なんと聞き逃したんです、私・・・。

その後、副園長先生にも呼び止められ、
「昨日は緊張したのか出なかったんですよ。
今日は今まででいちばん大きい声やった!
センちゃんかっこよかった~」って言ってくださって・・・
本当に今まででいちばん大きな声だったかどうかはともかく、
やっぱりちゃんと返事ができていたようです。

セン次いわく、「練習も本番も全部ちゃんとできた」だそうで。
本番1日前も本人にとっては言えていたんですね。
先生たちの耳には届かないくらいの声だったってことだと思います。
私は聞いてやれなかったんですが、
セン次自身が満足しているのでよかったと思います。
そして、本番で手をあげたってことは
「出ないかも」という不安の表れだったはずなので、
本当によく頑張ったのだと思います。

卒園式後、園児も保護者もそれぞれ写真を撮ったり、
最後に園庭で思いっきり遊んだりしていました。
長男のマル太の時は、お友達とたくさん写真を撮って、
最後の数人になるまで園庭で遊びました。
セン次はというと、すぐに帰りたがりました。
担任の先生やいつも助けてくださった補助の先生方と写真を撮ったり、
ご挨拶したりしたかったんですが、セン次は全くそんな感じではなく・・・
やっぱりマル太とセン次の幼稚園生活は
全然違うものだったんだなと改めて感じて、
比べても仕方ないのにちょっとブルーな気持ちになりましたが、
とにかく卒園できました。
とりあえず3週間の春休みです。


マル太の時、卒園式から帰ると頭痛で寝込んだ私。
確か夜には復活できたんですが。
で、今回のセン次の卒園式から帰った後も同じ。
「夜はガストでごはんが食べたい」という
セン次のリクエストに応えられないかもと思いましたが、
夕方復活。
なんなんでしょう、これ(笑)
ホッとしたせいなのか、ただの泣きすぎなのか(笑)



注(?)
「青春回顧録」はまだ終わってません!!




セン次、まもなく卒園

『コッケモーモー!』
『おいしいおと』
『ぼくはあるいた まっすぐまっすぐ』
『そらまめくんの ぼくのいちにち』
『ブタヤマさんたらブタヤマさん』
『はずかしがりやのれんこんくん』
『るるるるる』
『かあちゃんかいじゅう』
『ブーのみるゆめ』
『ぎょうれつのできるパンやさん』
『うちにかえったガラゴ』
『うどんのうーやん』
『こんにちは たまごにいちゃん』
『まめうしとつぶた』
『まめうしとまめばあ』
『10ぴきのかえるのふゆごもり』
『へんしんトンネル』
『つちのなかの もぐらでんしゃ』
『おばけやしきへ ようこそ!』
『バムとケロの そらのたび』
『かばんうりのガラゴ』
『じごくのそうべえ』
『ハリーのセーター』
『これは のみのぴこ』
『おこだでませんように』
『バムとケロの もりのこや』
『ソメコとオニ』

年長の1年間で、
次男のセン次が幼稚園から借りてきた絵本です。
途中、借りる絵本を選ぶのに
1時間近くかかったこともあるセン次。
みんなが選び終わって園庭で遊ぶ間も
ずっと選ぶことができないことが続いたようです。
そんな時は先生が1人、
とことんセン次につきあってくださったようで。
先生いわく、
「センちゃんは薦めても、じゃあそれにするわとはならへん子」
だそうで、先生方は少し離れたところから独り言のように
いろんな絵本を音読してくださったそうです。
興味を持つと先生の隣に来て聞くそうで、
読み終えて「これにする?」と聞くと頷いてようやく決まる、
そんな時期があったようです。
最近は自分で時間内に選べるようになりましたが、
選べなかった理由が何なのかはわからないままです。

昨年11月、
4月から通う小学校の校長先生のところへ出向き、
セン次のことを相談してきました。
そして支援学級にも
セン次の席を置いていただくことに決めました。

年中の秋までは
たくさん喋らなくても、最初の発音がうまくいかなくても
それなりに言葉が出ていたセン次。
最近言葉が急激に少なくなった、笑わなくなった、
と先生が教えてくださった矢先、登園を渋るようになりました。
そして、幼稚園では全く言葉が出なくなり、
制服を拒否したり、保育室で友達とお弁当を食べるのを嫌がって、
職員室で園長先生と2人で食べたり、欠席・遅刻・早退が続き・・・
いろいろありましたが、年長になってからは
言葉は出なくても笑顔が出るようになり、
セン次なりに幼稚園を楽しめるようになりました。
絵本選びのことや地域交流のイベントなどを嫌がって
早退したりなどは少しありましたが。
「セン次は喋らない」というのが浸透した周りのお友達も、
返事が欲しい時には指差しや首振りで答えられるように
質問を工夫してくれたり、
おにごっこなどで微妙な場所にセン次がいると、
「セン次、それ入ってるんか?」と聞いてくれて、
セン次が頷けば「セン次も入ってるぞー」と皆に知らせてくれたり、
助けてくれる場面がたくさん見られたと先生が教えてくださいました。
みんな優しいですね、私が言うと、
先生は「それはセンちゃんの力でもありますよ」と。
「センちゃんに味があるからですよ」と。
だからみんな放っておかずに構うんだと。
味があるというのは、
正当な評価はできないけどなんかいい、
ということだと思うのですが。
その言葉は先生が本当にセン次をかわいがって
気にかけてくださった表れのような気がして、
最高の誉め言葉と受け取りました。

セン次、今週卒園します。
卒園式の卒園証書授与の練習では
名前を呼ばれるとなぜか「はい」と答えられるそうです。
朝の出欠のお返事は手を挙げるしかできなくて、
たまに声が出てもささやくような声らしいですが。
その「はい」を聞いてすでに涙ぐむ先生もおられたようで、
そんなの当日の私はどうなるの?という感じです(笑)







青春回顧録21

3学期。
行事だらけ、用事だらけ。
洗濯物も洗い物も部屋のほこりも溜まっていく。
家事が滞るというのは主婦の心を乱すもので・・・

さて。
『Sunny』から1年数カ月後、
晴茂くんの離脱が発表される直前の2016年1月、
シングルがリリースされました。
私はYouTubeのMVでその曲を聴きました。
あれ?全然『Sunny』じゃなくなってる。
昔のファンに向けてでもないし、
「ふたたび出逢えた喜びを胸に」でもない。
でもまあ、再結成から8年。
解散していた8年と同じだけ月日が流れたわけだし、
そうなって当たり前?なのかな?
それにしても『Sunny』は日常的な詞だったのに対して、
ずいぶんフワフワした印象。
見たこともないこんな街で知らない誰かを探してる・・・

初めて聴いた時は、
そんなに好きだとも思わなかったというか、
なんだか面食らってしまった曲だったのですが
気づけば何度再生したかわからない。
イントロが流れる度に
ケンゾーに「またぁ?」と言われるようになりました。
この曲のカップリングを聴いてみたい、
確かにそう思ってオンラインショップまで行ったのに、
結局買わなかった。
私はまだ鈍ってたんですね。

晴茂くんのことを知っても私はまだ鈍ってた。
いろんなことがあって、いろんな人がいる。
そう思えばいろんなことを受け入れられる。
大人になってしまってたんだなと今わかります。

『苺畑でつかまえて』
ドラムは晴茂くん。
曽我部さん、秋にできた曲って言ってたけど、
夏の終わりにはライブに出なくなっていたので、
この頃はもうかなり調子が悪かったんだろうと思う。



サニーデイは『Sunny』の後、
そのままの良い雰囲気で
次のアルバム制作に取り掛かったそうです。
そしてほとんど完成していたそうですが、
「こんなの前にもあったな」となり、
一度白紙に戻すことになったとか。
そこから苦しいアルバム作りが始まったようです。

自転車操業の個人レーベルなのに、
マメにあったソロもソカバンもリリースなし。
ソカバンはライブ活動もしなくなっていて
(ダブルオーテレサが再結成したこともあると思いますが。
メンバーのうち、2人はダブルオーテレサなので)、
いつの間にか曽我部さんはサニーデイに拘るようになってた。
懐かしいね、楽しいね、じゃなくなっていったんだと思う。
そしてリリースがないからレーベルの経営も危うくなっていき、
サニーデイのレコーディングは何十曲やっても
完成が見えてこない状況で制作費もなくなり、
そして何より一人脱落者が出てしまう。
サニーデイはいつも生々しい。
解散前のエピソードもそうだけど。
苺畑聴いた時には
もちろんそんなことは何も知らなかったんですが。
私だけじゃなくて、誰も知りようがない話です。






青春回顧録20

最近、気になるというか憧れるというか、
いいな~と思うのは、
あんまり興味もないし共感もできないけど、
なんか最後まで見ちゃった、読んじゃった、聞いちゃった、
ということ。

ウチの子供たちがユーチューバーにはまってまして。
最近の子供たちの「将来の夢」の
上位には決して来ないけど、
10位あたりには食い込んでくるユーチューバー。
ウチの子たちもよく見てますし、
お母さんも一緒に見て!となることも多いのですが。
ある玩具紹介を専門にしている方がいらっしゃるんですが、
全然私の興味のある分野じゃないのに
ついつい最後まで見ちゃうんですよね。
顔は出さなくて、画面に出るのは
玩具といつもきれいに爪を切りそろえた手だけなんですが。
抑揚のある特徴的な話し方で
とにかく玩具の紹介と感想を述べてるだけなんですが、
なんか面白い。
全然知らないキャラクターのフィギュアの塗装がどうだとか
フォルムがどうだとか躍動感がどうだとか言われても
よくわからないんですが、なんか見てしまう。
ガチャガチャの中身に一喜一憂する様子見ても、
何がアタリで何がハズレなのかもわからないんですけどね、
なんか見てしまう。
こう言ってはなんですが、他の方の玩具紹介の動画を見ると
彼の面白さにより気づいてしまいます。
で、先日子供たちがテンに
「お父さんいちばん好きなユーチューバー誰?」という質問を。
テンがその玩具紹介の彼を即答していて、
「お母さんも!」と思わず言いました。
夫婦ともに玩具に興味ないのになー。

サニーデイの田中さんはラーメン評論家でもいらっしゃるんですが、
私はラーメンの奥深さはわからないし、
そんなにラーメン店に行ったことありません。
でも田中さんのお話、面白いんですよね。
名前が出てくるお店も1件たりとも行ったことなくて、
自分にとって勉強になってるとも思えないんですけど、
めっちゃ集中して聴いてしまう、読んでしまう。
トークショー、たくさん人が集まるのわかるなぁって感じで。
そして、この方がサニーデイのベースを担当していることに
納得したり。
それこそこんな人が隣のクラスにいたら、
あの人何なんやろって気になってしまうわ、きっと。
サニーデイの時はほとんど喋らない方なんですけどね。

玩具紹介の彼も田中さんも、きっと表現が独特だったり、
語彙が豊富だったり、そもそも感性が鋭かったりするのでしょうが、
(そしてちょっとヘンな人だったりするのでしょうが)
何より「本当に好き」が根底にあって、
そこに惹きつけられるのかなぁと思ったりします。
ここで私の話をするのはおこがましいんですが、
この青春回顧録も、そんなバンド知らないし興味もないし、
何言ってるのかわからなくて共感もできない、
でもなんか全部読んじゃった、っていうそんなのだったらいいなぁと。
ちょっとでもそういう感じになれたらいいなぁと憧れているわけです。
まあ私のは紹介じゃなくてただの回顧録なんで
そもそも別物なんですけど。

長い前置きになりましたが、さて本題。
たとえば、野球でもテニスでも剣道でも将棋でも何でもいいんですが、
学生時代に部活に本気で取り組んだ仲間がいる方多いと思います。
私がいちばん部活に励んだのは高校生の時です。
別に部活じゃなくてもいいんですけど。
そういう昔一緒に同じことを一生懸命やった仲間と
長く別々の生活をして、久しぶりにちょっと会って話したり
ちょっとプレイしてみたりするのって、なんか特別ですよね。
昔に戻ったみたいな気持ちになって、
懐かしいね、楽しいね、変わったね、変わってないねって。
昔一緒に喜んだり苦しんだり我慢したりした仲間としか
味わえないものってあると思います。
そしてそういうのは、
当時と同じ仲間で
当時と同じように時間を費やして
当時と同じようにエネルギーも費やして
当時と同じように苦しんで悩んでっていうのとは
わけが違うと思います。

『Sunny』は「ふたたび出逢えた喜びを胸に」なアルバムでしたが、
サニーデイしか活動していない晴茂くん、
サニーデイが自分のメインだという田中さん、
(たぶん仕事量ではなく、気持ちの話だと思いますが)
その2人と違って、
曽我部さんはサニーデイはあくまで表現のひとつって感じでした。
実際、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだったと思います。
解散前、サニーデイしか表現する場がなかったことが
曽我部さんが苦しい原因のひとつだったと思うし、
それぐらいでちょうどいいのかも、
とか大人になった私は思ってました。
時々会って、懐かしいね、楽しいねって。
聴く側の私も懐かしいね、楽しいねって。

『Sunny』の頃、サニーデイはサポートメンバーを入れずに、
3人だけでライブをすることが多くなりました。
お客さんからすれば、すげーヘタだなってだけかもしれないけど、
今3人で音を出したいって。
装飾を剥いで、曲の核になる部分だけを演奏したいって。
昔と違って、音を間違えることに神経質にならずに
とにかく3人で音を出すことに大きな意味があるって感じでした。
渋谷公会堂でも3人だけのライブをやったりとか。
そしていつのまにか、ソロ、ソカバン、時々サニーデイだった
その比重が変わっていったように思います。

3人だけのライブの動画をいくつか見ていて、
この『今日を生きよう』を
私も学生の頃、この曲ライブで聴いたなぁとか思いながら
観てたんですが。
思わぬ展開になって、夜中にひとり声をころして笑うことに。
口笛からギターの間奏の後、
「いちばん奥の部屋で~」って歌が始まるはずが、
曽我部さん歌わない。
2人があれ?どうしようってなってるんですが、
次のタイミングで歌いだすのかと思ったら、
曽我部さん、まさかのジャーンって終わっちゃう。
もう歌い切ったつもりだったようで。
それに合わせて咄嗟にちゃんと終わらせる2人はさすがですが、
とにかく可笑しくて。
まあ私はこの曲をよく知ってるし、
サニーデイをよく知ってるから可笑しいんでしょうけど。
それはさておき、この時の晴茂くん、
元気そうに見えるのですが
この2カ月後にはライブを欠席するようになり、
半年後に期間未定で離脱が発表されました。




『今日を生きよう』といえば、うどん。
サニーデイのことを
「ああ、うどんの人たちね」と言ってたのは誰だったかな?
見たのか、聞いたのか、読んだのかも思い出せないけど。
今は田中さんはラーメンの人ですけどね。
私、ケンゾーを妊娠してつわりの嵐の中にいた頃、
おいしい讃岐うどんが食べたくて仕方なかったんですよね。
その時はできれば冷たくてすっぱいのがよかったんですが。
すだちおろしうどんとか。
妊娠中の食べたいって「食べたいなぁ」とかじゃなくって、
飢えた獣みたいにもう本当に食べたいんですよね。
毛布にくるまって、うどんで頭がいっぱい。
このMVも思い出したりしながら。
曽我部さんは香川県の方です。

『今日を生きよう』(1998年)





プロフィール

りるび。

Author:りるび。
パニック障害を乗り越えて、結婚。男の子3人の母。結婚生活を送る上で、子育てをする上で、物事の考え方に変化が。子供とともに成長中。
ダンナ(テン):天然で楽観主義。開業、転職を繰り返しどうにか落ち着く。
長男(マル太):9歳。飄々とした小学3年生。何かと器用。
次男(セン次):6歳。幼稚園年長。よく笑い、よく食べる。言葉と情緒、見守り中。
三男(ケンゾー):3歳。おませで口達者。甘えん坊。

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